英語のオブジェクトobjectにあたるフランス語で,物体ないし客体の意。美術では,題材つまり描写対象と素材・材料の両面の意味をもつが,ダダ以後,後者の面で既製品を含む異質な素材を導入した立体作品をさす,特殊な用語となった。その先駆は,未来派の彫刻家ボッチョーニが,1911年,多様な素材を合成して〈生の強度〉に迫るべく,毛髪,石膏,ガラス,窓枠を組み合わせた作品をつくり,ピカソがキュビスムの〈パピエ・コレ(貼紙)〉の延長として,12年以後,椅子,コップ,ぼろきれ,針金を使った立体作品を試みたあたりにある。デュシャンは13年以後,量産の日用品を加工も変形もせず作品化する〈レディ・メード〉で,一品制作の手仕事による個性やオリジナリティの表現という,近代芸術の理念にアイロニカルな批判をつきつけ,ピカビアの〈無用な機械〉と名づけた立体や絵画も,機械のメカニズムをとおして人間や芸術を冷笑した。第1次大戦中におこったダダは,これらの実験を総合し,アルプやハウスマンの木片のレリーフ状オブジェや,シュウィッタースのがらくたを寄せ集めた〈メルツMerz〉,エルンストの額縁に入った金庫のようなレリーフ状作品などで知られる。ロシア,オランダの構成主義の,幾何学的構成物も見のがせない。シュルレアリスムのオブジェの導火線は,ジャコメッティが極度に不安定な,しばしば動く形態で,性的な欲望や不安を象徴したことにあり,それに触発されたダリは物体の日常的効用を最低限に制限して,詩の喚喩や隠喩のように無意識を細密に具象化する,〈象徴機能のオブジェ〉を提唱した。このような物体観は,迫真的に描かれた物体が現実にはありえない関係に配置されるダリ自身の絵画を含めて,映像のポエジーと神秘を著しく増幅させた。36年にシュルレアリスムのオブジェ展がパリで開かれ,それを機に《カイエ・ダール》誌がオブジェ特集号を出したが,そこには自然物,未開人の呪物,レディ・メード,モビール,数学,夢,幻影,語るオブジェ,解釈されたオブジェなどの分類が試みられている。だが,以上のオブジェを通観すると,ルネサンス以来のレアリスムに内包されるイリュージョン性を打破するため,身近で生(なま)な素材を導入して作品を日常的現実に近づける要求と,その組合せを再び謎のように〈異化〉して,あらゆる芸術作品の虚構性をあばく要求と,矛盾した両極の均衡がひそみ,人間と物質,主観と客観の西欧的二元論からの脱出願望が底流となっていることがわかる。〈ランボーとマルクスの統一〉というシュルレアリスムのスローガンにもかかわらず,そのオブジェは意識に対する無意識や存在のインデックスにとどまり,生産と消費,支配と被支配の社会関係からはおおむね切り離されていた。第2次大戦後はどんな物体の選択も,ある社会システムへの関与を意味し,もはや異質性をもたないため,オブジェの概念は普遍化したものの,作品はかつての衝撃力を失っている。
執筆者:針生 一郎
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「前方に投げ出された物」を意味するラテン語のobjectrumを語源とし、現代芸術の用語では、日常的に認められている物の通念をはぎとり、別の存在意味を付加された物体のこと。その発端は、キュビスムのパピエ・コレpapier colléにまでさかのぼれるが、デュシャンの創案にかかるとされている。彼は、レディーメイド(既製品)の便器を『泉』と題しR. Muttの署名を付して、自分も委員をしていた1917年のアンデパンダン展に出品して拒否され、物議を醸した。その後、デ・キリコ、ジャコメッティ、ピカビア、マン・レイ、ダリ、シュビッタースらシュルレアリストとダダイストたちによって、さまざまなオブジェが発表されてきた。こうしたオブジェを、シュルレアリストたちはおよそ次の八つに分類している。(1)数学上の幾何模型や構成された作品、(2)木や石などの自然物、(3)呪術(じゅじゅつ)や魔術につながる未開人のつくった物、(4)日常忘れられていて再発見された物や漂流物、(5)市場に出回っている既製品、(6)動く物体、(7)火事で焼けただれ役だたなくなったような物、(8)潜在意識に働きかける象徴的機能をもつ物体など。
第二次世界大戦後は、デュビュッフェによって、各種のオブジェとコラージュとを寄せ集めたアッサンブラージュが導入され、さらにネオ・ダダやポップ・アーチストのラウシェンバーグ、ウォーホルらによって、量産品やその廃品、印刷物や映像、音や光、行為などがコンバインcombineされ環境化しつつある。
日本では大正末期に村山知義(ともよし)がこれを紹介し、第二次大戦後はおもにアメリカン・ポップの影響を受けながら、ネオ・ダダグループらが積極的に取り組んできた。
こうして、当初は異端視されたオブジェも、今日では美術館に収まるほどにまで常套(じょうとう)化した。日常生活のなかにも、新奇な装飾物として勅使河原蒼風(てしがはらそうふう)が広めたいけ花オブジェ、八木一夫らによるオブジェ焼など、インテリア・オブジェやクラフト・オブジェが取り入れられつつある。
[三田村畯右]
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…この間,沼田一雅の日本陶彫協会に入会し,39年の同会第1回展に出品している。46年9月の青年作陶家集団創立に加わり,48年5月の京展工芸部に《金環》を出品,京都市長賞を受けたが,同年7月青年作陶家集団が会員間の見解の相違から解散し,鈴木治,山田光,松井美介,叶哲夫とともに走泥社を結成,用途や機能をまったく顧慮しない,純然たる立体造形をめざし,前衛陶芸,オブジェ陶芸と呼ばれた。その成果は同年9月の第1回展や,10月の第4回日展での《白地三彩草花紋細瓶》にあらわれた。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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