日本大百科全書(ニッポニカ) 「インドネシア諸言語」の意味・わかりやすい解説
インドネシア諸言語
いんどねしあしょげんご
オーストロネシア(マライ・ポリネシア)語族のなかで下位区分された一つの語派。インドネシア語派またはヘスペロネシア語派ともよばれ、東方のメラネシア語派、ポリネシア語派と並立する。その分布はマレー半島のマレー語を要(かなめ)として扇状に広がり、次の3語群に分類される。
(1)西部語群 マダガスカル島のマラガシー語からインド洋を越えてスマトラ島のバタック語、ミナンカバウ語など、東へジャワ語、スンダ語、バリ語、ボルネオ島(カリマンタン)南部のダヤク語、ヌガジュ語など。
(2)東部語群 スンバ島、チモール島からハルマヘラ島南部にかけての諸言語、またスラウェシ(セレベス)島南方のサラヤール島のウォリオ語がここに入る。
(3)北部語群 ボルネオ島北部のムルット語、ドゥスン語など、スラウェシ島のトラジャ語、マカッサル語、ブギ語など、スラウェシ島北方のサンギル諸島のサンギル語から北へフィリピンの諸言語(タガログ語、セブアノ語など)、台湾の原住諸族の諸言語。また、ミクロネシアのサイパン島、グアム島のチャモロ語、パラオ島のパラオ語もここに含められる。
インドシナ半島で17世紀末まで王国(チャンパ)が存在したチャム人の言語チャム語も、インドネシア語派に含められることがあるが、オーストロアジア語族の言語の残した基層的特徴に基づいて、これをインドネシア語派から外す説もある。
マレー語はもともとスマトラ島東部沿岸の一地方語であったが、早くから交易用の共通語として使用されていて、7世紀からの碑文があり、ジャワ語の前身、古ジャワ語(カウィ語とも)も8世紀からの記録をもち、10世紀前後には『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』のようなインド起源の大翻案文学を残している。いずれも文字は南インドのパッラバ文字の系統で、これは現代のジャワ、バリ、バタック、ブギの各文字や、近年まで用いられていたフィリピンのミンドロ島のマンギャン文字、パラワン島のタグバヌア文字へとつながる。文字のほかインド文化の影響は語彙(ごい)にも現れる。紀元前後の原インドネシア語期に、すでに多くのサンスクリットの借用語がみいだされ、それらはインドネシア、フィリピンの諸言語に共通に継承され、その一部は台湾やミクロネシアの言語にまで及ぶ。また、現代ジャワ語で顕著な発達をみせる敬語法のうち、平常体(ヌゴコ)に対する尊敬体(クロモ)には、このサンスクリット借用語が一般に使用される。
インドネシア諸言語の音韻的特徴としては、原オーストロネシア語の祖語音をよく保持し、また語形は通常 CV(C)CVC(Cは子音、Vは母音)のように2音節となり、それ以上の分析は困難なことが多く、祖語の段階で語根の大半はすでに語基(ごき)となっていたと考えられる。文法の中枢をなすのは接辞法で、接尾辞と比べて接頭辞は種類が多く、また接頭辞どうしが複合することもある。接頭辞と語基とが結び付くとき、形態音韻論的な前鼻音化現象をおこすのはこの語派の特色で、おこさない場合と文法的に区別されるほか(タガログ語sulat「書くこと」→ma-nulat「著作する」、ma-sulat「書ける」)、現象的にはma-nulatのような鼻音代償とmang-hiràm「借り歩く」(←hiràm「借りた」、なおma-hiràm「借りられる」)のような鼻音前出とがある。接頭辞、接尾辞の使用は、他の語派では痕跡(こんせき)的ないし軽微にしか認められない。ことに接中辞はインドネシア語派を特徴づける(タガログ語s-um-ulat「書く」、h-um-iràm「借りる」)。このような接辞法の活用によってフィリピン、台湾、ミクロネシアの諸言語では、動詞に文中の要素の重点形式、テンス(時制)やアスペクト(相)を表すための体系的な方法を発達させている。
[崎山 理]