日本大百科全書(ニッポニカ) 「インド・ヨーロッパ諸族」の意味・わかりやすい解説
インド・ヨーロッパ諸族
いんどよーろっぱしょぞく
インド・ヨーロッパ語族に属する言語を使用する人々の総称。インド、イラン、スラブ、ギリシア、その他のヨーロッパ諸民族を含み、地理的には、かつては東はインドから西はヨーロッパ西端にかけて、現在ではさらに南北アメリカ大陸、オーストラリア大陸その他にも広く分布している。人種は基本的にはコーカソイド(白色人種)である。
インド・ヨーロッパ語族の言語学的研究によって、この語族が共通の祖語から分かれてきたことが明らかになった。さらに、その祖語を使用していた人々は、かつては東ヨーロッパ南部に居住していたといわれるが、その後の長い歴史の間に各地に分散、移動し、現在のインド・ヨーロッパ諸族に分かれたと考えられるようになった。しかし、当時の文化については資料が少なく推定の域を出ていない。確実に知ることができるのは、およそ紀元前2000年以降に彼らがギリシアやインドへ進出した以後のことであり、その時点ですでに文化的にはかなりの差異が生じていた。そのため、この諸族の文化的単一性を、そのごく初期の段階から疑う説もある。とくに現在ではきわめて多種多様な文化、社会をもつ諸民族に分かれており、この諸族の特徴であるような共通の文化的、社会的要素をみいだすことは困難である。ここで注意しなければならないのは、この諸族が言語学的に論証されたインド・ヨーロッパ語族の存在を前提としたものであり、あくまでも、文化の一要素にすぎない言語に基づく分類であるということである。そのため、インド・ヨーロッパ祖語の使用者を特定の文化(民族)や身体的特徴(人種)と結び付ける場合は慎重に行わなければならない。
[板橋作美]
ことばの共通性
インド・ヨーロッパ諸族の初期段階の文化と社会を復原する試みがいくつかなされている。その一つはインド・ヨーロッパ諸語の共通基語を手掛りにする方法である。たとえば、ウシ、ウマ、ヒツジ、イヌなどの家畜に共通基語が想定できることから、共通基語時代にはすでにそれらの家畜が飼育されていたと推定することができる。またいくつかの穀類や農具の名称についても同様なことがいえるので、ある程度の農耕を行っていたと思われる。金属については鉄の共通基語がみいだせないことから、まだ完全な金属器時代に入っていなかったのであろう。社会は父系的血縁社会であったと推定される。
[板橋作美]
神話の共通性
近年フランスのデュメジルGeorges Dumézil(1898―1986)などによって、インド・ヨーロッパ諸族の神話の比較分析が行われ、これらが共通の構造をもっていることが明らかにされている。それによると、インド、ゲルマン、ローマなどインド・ヨーロッパ諸族の神話は、どれも神々を(1)祭祀(さいし)と主権(第一機能)、(2)戦闘(第二機能)、(3)生産等(第三機能)にそれぞれかかわる3種のグループに類別している。インド・ヨーロッパ諸族の神話が同じ構造をもつことは彼らが共通の先祖から出たことを示唆し、また、このように神々を3種に分け、それぞれを特定の社会的機能に結び付けることは、彼らの社会を反映しているのではないかと想像させる。すなわち、インド・ヨーロッパ諸族がまだ原住地に居住していたころ、彼らは人間をその社会的機能によって、(1)祭司=主権者、(2)戦士=支配者、(3)食料生産者=庶民の3種の身分に分類しており、その分類を神界にも適用したと考えられるのである。インドのカースト制度はまさにこのような社会観の表れであり、人々を祭司(ブラーフマナ)、戦士(クシャトリア)、庶民(バイシャ)に分けている。なお、第四の階級シュードラは賤民(せんみん)とされ、高貴とみなされたアーリア人社会から除外された人々で、神界では悪魔に対応する。また、ゾロアスター教の聖典『アベスタ』にも同様に人間を3種に分ける分類がみられ、少なくともインド・イラン語派の先祖は3種の身分からなる社会をもっていたと推定できる。
[板橋作美]