ブラーフマナ
Brāhmaṇa
古代インドのバラモン教の聖典〈ベーダ〉に属する文献群で,〈ベーダ〉を構成する四つの部門のうち,サンヒター(本集)につづく第2の部門にあたる。サンヒターがマントラすなわちバラモン教の祭式において唱えられる賛歌,歌詞,祭詞,呪文を集成したものであるのに対し,ブラーフマナは,祭式の実行に関する規定やその神学的解釈を内容としている。もともと〈ブラーフマナ〉とは,マントラの一つ一つについての,祭式規定や神学的説明を意味した語であり,しだいにそれらを集大成した文献の名称となった。現存するブラーフマナは,多くがサンヒターから独立した文献となっているが,《ヤジュル・ベーダ》においては,マントラとブラーフマナとが一つの書物の中に併存しているサンヒターがある。これを〈黒ヤジュル・ベーダ〉と呼んで,サンヒターとブラーフマナを分離している〈白ヤジュル・ベーダ〉と区別している。このような事実はブラーフマナ文献の成立過程を示唆するものと考えられる。ブラーフマナの内容は,〈ビディvidhi(儀軌)〉すなわち祭式の実行についての規則と,〈アルタ・バーダartha-vāda(釈義)〉すなわち祭式の起源や意義についての説明との二つに大別される。このうち釈義の部分では,祭式の意義に神秘的な解釈を行い,その一つ一つの動作に深長な意味を付与するなど,独特の煩瑣な祭式神学を展開している。全般的に祭式を万能とする態度に貫かれ,その結果祭式の実行者である祭官階級バラモンの地位の絶対性を強調するにいたったことが注目される。また祭式の起源や由来を説明するにあたって,数々の物語や伝説を挿入しており,古代インドの説話文学研究,および説話文学の比較研究にとって,貴重な資料となっている。思想的には,多神教の中で唯一の絶対者を模索しはじめた《リグ・ベーダ》以来の潮流を継承し,プラジャーパティPrajāpati(造物主)を創造神,最高神として立てるにいたり,宇宙創造の神話にも定型をつくり出した。現存するブラーフマナとしては,〈黒ヤジュル・ベーダ〉のブラーフマナ部分を含めて,十数種が存在する。おおむね前800年を中心とする数百年の間に成立したものと推定される。先行するサンヒターが韻文で書かれていたのに対し,インド最古の散文文献としても知られている。
→ベーダ
執筆者:吉岡 司郎
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ブラーフマナ
ぶらーふまな
Brāhmaa
インド最古の聖典ベーダを構成する一部分の名称。「祭儀書」と訳される。文字どおりベーダの祭祀(さいし)の説明文献で、散文で記される。内容はアルタバーダ(釈義)とビディ(儀軌(ぎき))の二つに大別され、前者が祭祀に用いられる賛歌、祭詞、呪句(じゅく)などの意味の説明部分であるのに対し、後者は祭主や祭官の行う祭祀上の行為を述べたものである。そのおもなものは紀元前800年ごろを中心に成立したものと考えられる。
ブラーフマナの思想内容は、一元論の傾向が顕著であり、世界原因として水を考え、そこに黄金の卵が出現して世界が成立するとしたり、気息を世界原理と考えたり、宇宙原理としてのブラフマン(梵(ぼん))を想定したりする。ただし、この文献が祭祀の説明文献である性質により、これらのほとんどは祭祀と深くかかわる。また、ブラーフマナは多くの説話に富んでいるが、これも祭祀の説明であったりし、少なくも祭祀を前提にして察すべきものが多い。
[松濤誠達]
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ブラーフマナ
Brāhmaṇa
インドのベーダ聖典のうちの本集に対する説明的文献。祭儀書ともいう。祭祀の実行方法を規定し,賛歌,祭詞の意義や目的の解釈を行い,その間に多数の神話や伝説を交えている。成立年代はおよそ前 1000~800年頃と推定される。当時のバラモンたちは個々の祭式の実行と自然現象との間に密接な対応関係があり,祭式は霊力をもつと考えた。祭式の正しい実行によって宇宙の諸現象を支配でき,神々さえ霊力に縛せられると考えるようになり,ブラーフマナ文献では,一般に神々の威信は低下し,祭式の傀儡とみなされた。おもなブラーフマナ文献としては,『アイタレーヤ・ブラーフマナ』『カウシータキ・ブラーフマナ』『ジャイミニーヤ・ブラーフマナ』『タイッティリーヤ・ブラーフマナ』などがある。
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百科事典マイペディア
「ブラーフマナ」の意味・わかりやすい解説
ブラーフマナ
古代インドの宗教書。ベーダ聖典に付随し,その重要な部分をなす文献。前10―前6世紀の成立。各ベーダの本文に対する説明と注釈の書で,祭式の実行方法を規定し,祭式の神学的説明を記述。また多くの神話伝説を交える。
→関連項目プラジャーパティ|マドバ
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ブラーフマナ
Brāhmaṇa
インドのヴェーダ文献の一種。数は多いが,重要なものは,前8~前6世紀,ヴェーダ・サンヒターについで,各学派に分かれてつくられた。バラモンのつかさどる祭式についての意義や細則,ヴェーダの解釈を説明したもので,神学的論や説話もみられる。特にバラモンの特権的地位と祭式との関係,祭式の絶対視,最高神の観念や,当時の社会経済を知るのに重要である。
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ブラーフマナ
Brāhmaṇa
バラモン教の聖典ヴェーダ文献の1つ
古風なサンスクリット語の散文で書かれ,シュルティ(天啓文学)として神聖視された。祭式の神秘力とその意義を述べながら,ヴァルナ制度におけるバラモン階級の優越を説いている。
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世界大百科事典(旧版)内のブラーフマナの言及
【インド神話】より
…《リグ・ベーダ》(10:129)にある〈無に非ず有に非ざるもの〉を説く賛歌において,宇宙創造説は深遠な哲学的思索の色彩を帯びる。 ベーダの一部門である[ブラーフマナ](祭儀書)文献においては,造物主プラジャーパティPrajāpati(〈子孫の主〉の意)が最高の創造神となり,彼による種々の創造神話が説かれた。しかし,しだいに最高原理ブラフマン(梵)の重要性が認められるようになり,ブラフマンによる宇宙創造が説かれるようになった。…
【インド哲学】より
…《リグ・ベーダ》の宗教は多神教で,神々の多くは自然神であるが,その哲学的賛歌と呼ばれるものは,なんらかの世界原理を想定して多様な現象世界の成立する理由を説明しようとし,全体として一元論的傾向が強い。この傾向は他の3ベーダ・サンヒター(本集),ブラーフマナ(祭儀書),アーラニヤカĀraṇyaka(森林書)に受け継がれるが,ウパニシャッドにおいて頂点に達する。ウパニシャッドは宇宙の根本原理としてブラフマン(梵)を想定し,個人の本体をアートマン(我)に求めて,この両者は本質的に同一(梵我一如)であるとした。…
【インド文学】より
…ベーダ文学の中核をなしているのは4種のサンヒター(本集)で,このうち諸神を祭壇に勧請してその威徳を賛称するための自然神賛歌など1000余種を集めた《リグ・ベーダ》本集を中心とし,これに歌詠のための《サーマ・ベーダ》,祭式供犠のための《ヤジュル・ベーダ》,攘災招福のための呪詞を集めた《アタルバ・ベーダ》を合わせて4ベーダという。この4ベーダ本集にはおのおのこれに含まれる賛歌祭詞の適用法とその起源,目的,語義などを説明した散文の神学的文献[ブラーフマナ]が付随し,さらにこれを補足して祭式の神秘的意義を説き,特に森林において伝授される秘法を集めたアーラニヤカ(森林書),梵我一如の要諦を説く哲学的文献[ウパニシャッド](奥義書)が付随している。古来インドでは,上述のベーダ聖典に関する知識は,聖賢が神の啓示によって感得したものと考えてシュルティ(天啓文学)と呼ばれ,これに対し祭式施行に必要な補助的知識は,師伝口授によるものとしてスムリティ(聖伝文学)と呼ばれる。…
【バラモン】より
…インドのバルナ(種姓)制度で最高位の司祭階級。サンスクリットのブラーフマナbrāhmaṇaの音写〈婆羅門(ばらもん)〉による。英語ではブラーマンBrahman,ブラーミンBrahminなどとも呼ばれる。…
【バラモン教】より
…つまり,バラモン教とはベーダの宗教であるといってさしつかえない。 バラモン教は,《リグ・ベーダ》《サーマ・ベーダ》《ヤジュル・ベーダ》《アタルバ・ベーダ》の4ベーダ,およびそれに付随するブラーフマナ,アーラニヤカ,ウパニシャッドを天啓聖典(シュルティ)とみなし,それを絶対の権威として仰ぐ。そして,主として,そこに規定されている祭式を忠実に実行し,現世でのさまざまな願望,また究極的には死してのちの生天を実現しようとする。…
【ベーダ】より
…(1)[サンヒター] マントラmantraすなわち祭式で唱えられる賛歌,歌詞,祭詞,呪文を集録した文献で,〈本集〉と訳される。(2)[ブラーフマナ] サンヒターに付随する文献で,ビディvidhi(儀軌)すなわち祭式実行の諸規則を述べる部分と,アルタ・バーダartha‐vāda(釈義)すなわち祭式の由来や意義を説明する部分とを含む。(3)アーラニヤカāraṇyaka 秘密の祭式や神秘的教義を収める文献で,人里を離れた森林で伝授されるべきものとされた。…
【ヤジュル・ベーダ】より
…これらはまた,〈黒ヤジュル・ベーダ〉と〈白ヤジュル・ベーダ〉の2種に大別される。前者においてはサンヒターの中に[ブラーフマナ]に相当する部分が含まれているのに対し,後者においてはブラーフマナがサンヒターから分離して,独立の文献となっている。成立年代は前800年を中心とする数百年間とおおまかに推定されているが,〈黒ヤジュル・ベーダ〉が〈白ヤジュル・ベーダ〉よりも古い時代に属することは確かである。…
※「ブラーフマナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」