インラック

百科事典マイペディア 「インラック」の意味・わかりやすい解説

インラック

タイの政治家。タイの華人客家(はっか)系の名家に生まれる。兄は,元首相のタクシン・チナワット。チェンマイ大学政治学部卒業。米国ケンタッキー州立大学で行政学修士。2011年7月,国民議会の人民代表院選挙で野党タイ貢献党(タクシン派)を率いて首相候補として闘い勝利し,8月第37代首相に就任。タイ初の女性首相。就任直後,チャオプラヤー川流域を中心にタイ北部から中部の大洪水に見舞われ,国民融和と貧困対策を掲げる政権に打撃となったが,内政重視の姿勢と迅速な対応が評価されリーダーシップを確立した。その後,資産隠し疑惑が浮上し国家汚職制圧委員会(NACC)の調査を受けたが,2013年4月,委員会は不正は認められないという見解表明。政権の安定化とともに,日本をはじめEUとの貿易や投資の拡大に積極的に取り組む姿勢が支持を拡げた。しかし2013年11月,与党タイ貢献党がタクシンを対象に含む恩赦法案を下院強行採決し可決したのを機に,反タクシン派のステープ・トゥアクスパン率いる民主党人民民主改革委員会(PDRC)がインラック退陣を求めて,武装デモ隊を含む大規模街頭デモを展開,政情は一気に不安定なものとなった。ステープはアシビット民主党政権で治安担当の副首相を務め,国家警察や国軍を動員して,タクシン派を徹底的に弾圧した人物で,議会制民主主義を否定しており,民主党の一党独裁による人民評議会と利益団体の代表による人民議会の設置を主張している。インラック首相は,これに対して〈話し合い〉による解決を求めたがステープ側は拒否,政府はバンコク全域に非常事態宣言を出した。事態の収拾に向けてインラックは下院を解散し,2014年2月に総選挙の実施に踏み切ったが,PDRCは選挙妨害で対抗。2014年3月タイ憲法裁判所は〈選挙が全国で一斉に施行できなかった〉〈選挙投票日から30日以内に議会を召集・開会できなかった〉として憲法違反を認め,選挙無効の決定を下した。さらに反タクシン派は,コメ担保融資制度の改善にインラック政権が有効な施策を講じなかったとして,職務怠慢で国家汚職追放委員会にインラック告発を要請,委員会は調査を開始した。2014年5月7日,憲法裁判所は,公務員の人事異動を巡り,インラック首相の職権乱用を認定する判決を下し,同首相は失職。5月20日未明,プラユット陸軍司令官は全国に戒厳令発令。5月22日夕方,軍を中心とする〈国家平和秩序維持評議会(NCPO)〉が全統治権の掌握を宣言。インラックは軍によって身柄拘束された。その後拘束はとかれたが出国は禁止された。2015年1月,首相在任中にコメ買い上げ制度をめぐり国に多額の損失を与えたとして暫定議会で弾劾を可決され,公民権が5年間停止された。

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知恵蔵 「インラック」の解説

インラック

タイの政治家・実業家。2011年8月、第36代首相に女性として初めて就任し、14年5月まで在職した。繊維業で富を築いた華僑系の一族であるシナワット家の出身で、兄は元首相のタクシン・シナワット。これまで多くの実業家・政治家・官僚を輩出していたシナワット家は、更に80年代、タクシンの通信・携帯電話販売事業への進出によって、タイ最大の巨大財閥に成長した。
1967年、インラックはシナワット家9人兄弟の末っ子として、タイ東北部チェンマイ県に生まれた。チェンマイ大学(政治学)を卒業後、米ケンタッキー州立大学に留学し、行政学の修士号を取得している。97年にシナワット・ダイレクトリーズに入社。その後アドバンスト・インフォ・サービス、SCアセットなど、兄タクシンが起こした一族企業(通信・不動産関連)の経営を率いた。
2011年、政治経験がないまま、タクシン派「タイ貢献党」の党首に推され、7月の総選挙に出馬。美しい容貌と庶民的な親しみやすさで、「インラック旋風」を巻き起こし、劣勢だった「タイ貢献党」を勝利に導いて、翌8月首相に就任した。インラック政権の支持基盤は、タクシンと同じく農村や貧困層である。そのため、コメ買い取り制の導入や最低賃金の引き上げなど、農村復興や雇用対策に取り組んだ。麻薬・犯罪対策にも力を入れ、庶民の高い支持を得たものの、バラマキ政策が大半だったため、マスコミからは「タクシンの操り人形」と批判された。また、就任前後から年末まで続いた「タイ大洪水」の対策や、南部で激化しているイスラム過激派のテロ対策も後手に回り、反タクシン派を勢い付かせた。
13年11月、インラック政権がタクシンを含む政治犯の復権を認める「恩赦法案」を提出すると、反タクシン派の更なる反発を招いた。14年2月に実施された総選挙も反政府デモの妨害によって、事実上「無効」になっている。政治混乱が長期化する中、インラックは高官人事の職権乱用の罪を問われ、5月に憲法裁判所から違憲判決を下された。同日これを受け入れ、閣僚9人と共に失職した。

(大迫秀樹  フリー編集者 / 2014年)

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