大学事典 「カリキュラム・マップ」の解説
カリキュラム・マップ
[普及の背景]
カリキュラム・マップとは,ディプロマ・ポリシー(Diploma Policy,以下DP)と各科目あるいは授業の到達目標との対応表(マトリクス)を意味する。カリキュラムやプログラムに配置される個々の科目・授業の到達目標がDPのどの教育目標に対応するかを明示し,そのカリキュラムやプログラムの履修がDPを実現するにあたって整合的か否かを示す根拠資料あるいは点検表として用いられる。日本では山口大学,愛媛大学,立命館大学が2005年頃より先駆的に利用し,その後,2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」のDP,CP(Curriculum Policy),AP(Admission Policy)の明示化を受けて全国的に広まった。CPの根拠資料として,カリキュラムやプログラムの系統性,体系性を示すカリキュラム・ツリー(Curriculum Tree)と組み合わせて用いられることが多い。また日本では,カリキュラム・チェックリスト(Curriculum Checklist)という名称もカリキュラム・マップと同じ意味で用いられる。
海外においてカリキュラム・マップは,1990年代以降,高等教育機関の説明責任を果たすためにイギリスの医歯薬系大学が用い始めたといわれる(鹿住大助ほか,2010)。また,アメリカ合衆国のミシガン大学(アメリカ)で提唱されたダイヤモンド・モデルの「カリキュラムの基盤」においても,カリキュラム全体と個々のコースの教育目標との連関を示し,結束性の高いカリキュラムを構築するための点検表に用いられている(鳥居朋子ほか,2007)。カリキュラムやプログラムの構築には,①目標,②スコープ,③シーケンスの三つの要素が必須であるが,大学において①目標がDPに相当し,②スコープがカリキュラム・マップによって示されるもの,③シーケンスがカリキュラム・ツリーによって示されるものと考えると,カリキュラム・マップとは誰しもが考案しうるカリキュラム構築のための点検表あるいは整合性を示す根拠資料と考えるのが適切である。
イギリスにおいては,2000年に高等教育質保証機構(イギリス)(The Quality Assurance Agency for Higher Education: QAA)から出されたガイドラインに沿って,自学で提供するそれぞれのプログラムに関する詳細な仕様書の作成が求められたが,その中の一つの根拠資料として学科の教育目標と個々の科目との関連性を示すカリキュラム・マップの策定と公開が広まった。
[利用方法]
カリキュラム・マップの策定には,DPや科目・授業の到達目標を,ベンジャミン・ブルーム,B.S.(B.S. Bloom)の提唱する教育目標の分類学(taxonomy)に沿って認知的領域,情意的領域,精神運動的領域の三つに分類し,学習者を主語に行動目標(「~できる」という書き方)で記述することが前提となる。これまで学則や学部則,あるいは授業のシラバスに見られがちであった複雑で抽象的な人材像や到達目標では,両者の対応を検討することがきわめて困難になる。これらの条件がそろったうえで,各科目の担当者が自らの科目の到達目標とDPの教育目標との対応関係を判断し,マッピングすることでカリキュラム・マップは策定される。当初は科目担当者がDPを意識せずに自らの科目を設計していることが多いため,できあがったカリキュラム・マップは整合性を欠くことが往々にして見られる。しかし,カリキュラム・マップの目的がカリキュラムやプログラムの整合性の点検にあることを考えると,これは次回のカリキュラム改訂の際の貴重な資料となるため,取り繕うよりは科目担当者会議やプログラム会議等でその結果を共有し,科目内容や科目の到達目標の見直し,さらには科目の統廃合や新規科目の開発に取り組むべきであろう。
カリキュラム・マップを策定する過程で発見されるカリキュラムの問題点には,大きく分けて以下の四つのケースがある。一つめは,DPの一つもしくは複数の教育目標に対応する科目が存在しないケースである。これは授業実践や評価が難しい情意的領域のDPに対応する科目が存在しない場合が多いが,小規模のクラスやゼミなどを活用して対応する到達目標を設定し,適切な授業を開発することが求められる。二つめはDPの認知的領域の教育目標に該当する科目が大多数となり,マッピングに大きな偏りが出るケースである。大規模講義が多い大学で比較的多く見られるが,この場合もプログラム会議や学科会議等で結果を共有し,DPとの関連で科目内容や到達目標の見直し,あるいは情意的領域や精神運動的領域の到達目標に対応する教育方法の開発などが必要となる。
三つめは科目の到達目標がDPと合致せず,どこにマッピングするかが不明確となる科目が散見されるケースである。これは各科目の担当者がDPに依らず自らが教えたい内容に関して到達目標を設定しているために起きることが多く,カリキュラムの整合性に問題があるのみならず,他の科目との系統性や体系性にも問題がある。カリキュラムやプログラムはDP実現のために存在し,その教育は組織全体で行うものであることを踏まえて,学科や学部の教員間で十分な議論をすることが必要であろう。最後に四つめはDPの全教育目標にマッピングされる科目が非常に多くなるケースである。これは意外にもカリキュラム・マップを策定する大学の多くに見られることで,科目の到達目標の記述が行動目標として記述されていなかったり,抽象的に過ぎたり,領域に分けられていなかったり,あるいは成績評価に関わらない到達目標まで記述していたりする場合が多い。到達目標の記述や成績評価に関する研修会を開催し,地道に科目担当者の意識と技術の向上を図る必要がある。
著者: 沖裕貴
参考文献: 沖裕貴「大学における教育目標の設定と達成度評価の基本的な考え方」,山口大学大学教育機構『大学教育』第2号,2005.
参考文献: 沖裕貴・宮浦崇・井上史子「一貫性構築のための3つのポリシー(DP・CP・AP)の策定方法―各大学の事例をもとに」,日本教育情報学会誌『教育情報研究』第26巻第3号,2010.
参考文献: 鹿住大助・前田早苗・白川優治「カリキュラム・マップの理論と実践」『大学教育学会 第32回大会発表要旨集録』,2010.
参考文献: 鳥居朋子・夏目達也・近田政博・中井俊樹「大学におけるカリキュラム開発のプロセスに関する考察―Diamondのモデルとその適用事例を中心に」,日本高等教育学会『高等教育研究』第10集,2007.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報