特異なメーキャップとギミック満点のステージングで知られる、アメリカのハード・ロック・バンド。オリジナル・メンバーはポール・スタンリーPaul Stanley(1951― 、ギター、ボーカル)とジーン・シモンズGene Simmons(1949― 、ベース、ボーカル)、ピーター・クリスPeter Criss(1947― 、ドラムス、ボーカル)にエース・フレーリーAce Frehley(1951―2025、ギター、ボーカル)の4人。1974年にファースト・アルバム『キッス』Kissでデビュー。アメリカ東海岸を拠点に活動を開始し、下積み時期を経てライブ盤『アライブ!~地獄の狂獣』(1975)でブレーク。歌舞伎(かぶき)役者まがいの白塗りメークで素顔を隠し、怪獣や宇宙人を思わせるコミカルなコスチュームを着て、ステージではメンバーが火を噴き、ギターから白煙をあげ、ドラム・キットは宙に高く浮きあがるなど、畳みかけるような過剰サービスぶりだが、どれも音楽的にはほとんど意味はない。とはいえ、こうした一連のこけおどしの集積こそが、逆説的にキッスというロックン・ロール・エンターテインメント・ショーの独自性につながっている。
音楽性でいえば、ブギー・スタイルのシンプルでポップなパーティー・ロックである。そうしたシンプルなスタイルゆえ、デビュー3~4年で早くも行き詰まりをみせ、1978年には各自がソロ・アルバムを製作し、巻き返しを図るも、クリス、フレーリーといったオリジナル・メンバーが1980年前後に次々と脱退。解散の危機に瀕(ひん)したキッスは1983年「化粧をとって素顔をさらす」という開き直りで、この窮地を脱出。以後、ヘビー・メタル路線やインダストリアル・ロックにもすり寄って延命を図るが尻すぼみ感は否めなかった。そして1990年代なかば、この時期にリリースされた2枚の企画盤、トリビュート盤『キッス・マイ・アス』(1994)と『MTVアンプラグド:キッス――地獄の再会』(1996)がキッスを蘇生(そせい)させた。とはいえ、トリビュート盤も自らの発案、当時のアンプラグド・ブームに乗じる、など巧みなプロモーション戦略の勝利だった。ついに1996年オリジナル・メンバー4名による、しかもメーキャップ姿での完全復活を宣言。世界各地を巡回する再結成ツアーも大盛況。4人の布陣によるオリジナル・アルバム『サイコ・サーカス』(1998)をリリースするなど、現役復帰をアピールしたが、この体制も長続きはせず、2001年にはふたたび「解散」宣言。またもや大規模なフェアウェル・ツアーを敢行し、日本公演直前にはクリスがひと足先に脱退する、というおまけまでついた。
2002年のソルト・レーク・シティ冬季オリンピックの閉会式では、アメリカを代表して「ロックン・ロール・オールナイト」を披露し、拍手喝采(かっさい)を集めた。かつては「世界一ホットなバンド」と紹介されていた彼らの正体は、いわば「世界でもっとも稼ぎ倒すロック・キャラクター」だったわけだ。その長いキャリアを通してキッスがあげたレコード・セールス、コンサート・チケット、マーチャンダイズ収益などの総額は、ほぼ1億ドルにのぼるという。キッスとは「アーティスティックなロック・ミュージシャン」の対極に位置する、ロック芸人の鑑(かがみ)であり、彼らのライブは「音楽鑑賞会」などではけっしてありえず、徹頭徹尾お祭り騒ぎのライブ・パーティーであり、炎や煙や爆竹などの演出装置と爆音のような演奏が織りなすロックン・ロール・サーカス、見世物、スペクタクルなのである。エンターテインメント産業としてのロックの頂点を極めたバンドにして商品キャラクター、それがキッスなのだ。
[木村重樹]
『C・K・レント著、田中千代子訳『KISS――黄金期キッスの全貌』(2001・シンコー・ミュージック)』▽『ジーン・シモンズ著、大谷淳訳『KISS AND MAKE-UP――ジーン・シモンズ自伝』(2002・シンコー・ミュージック)』
[名](スル)1 人から受けた礼・贈り物に対して行為や品物で報いること。また、その行為や品物。「地酒を贈って返礼する」2 仕返しをすること。また、その仕返し。意趣返し。返報。[補説]書名別項。→返礼[...