改訂新版 世界大百科事典 「グスラ」の意味・わかりやすい解説
グスラ
gusla[ブルガリア]
南スラブ族,特にユーゴスラビアのセルビア,ボスニア,ダルマツィアなどで口承民間叙事詩を歌う際の伴奏に用いられる民族楽器で,1弦または2弦の擦弦楽器。セルボ・クロアチア語ではグスレgusleと呼ぶ。背の丸い胴(材質はマツ,トネリコ,オリーブの木など)の表面に皮膜をはって響板にし,馬の毛をよって弦を張る。このリュート型弦鳴楽器は,9~10世紀ごろ,西アジアからバルカンに渡来したものと考えられている。その弾き手はグスラルと呼ばれ,地方の豪族や自治都市の支配者の保護を受け,スカダル(シュコダル)築城の人柱伝説,ステファン・ドゥシャン王やマルコ王子の伝説(マルコ伝説),コソボの戦,義賊(ハイドゥク)のてがらなどを主題とする民間叙事詩をグスラを弾きながら歌った。詩には歌い手が即興的に付け加える部分があり,グスラルは歌手,奏者,作詞者の3役をこなし,互いに技を競いあった。また彼らは,各地を遍歴して,聴衆からの贈物で暮しを立てる吟遊詩人でもあった。1415年にポーランドのブワディスワフ2世王の前でセルビアのグスラルが弾き語りをしたのが,文献に残る最古の記録である。16~18世紀に活躍した多くのグスラルの名前が知られており,特に19世紀に民謡・民話の集大成をなしとげたカラジッチに材料を提供したポドルゴビチとP.ビシュニッチ(1787-1864)は有名である。一時的に,教会や官憲の弾圧を受けたことはあるが,グスラルは民衆に愛される存在であった。ユーゴスラビアの南部において,中世叙事詩が古い形そのままに現在にまで保存されたのは,グスラルの存在によるところが大きい。グスラの名を有名にしたのはフランスの作家メリメで,彼は南スラブの民間叙事詩をまねて創作した28編のバラードを《グスラ--ダルマツィア,ボスニア,クロアチアで集めたイリュリア語の詩華集》として1827年に発表し,ロマン派文学の異国趣味に迎えられて好評を博し,プーシキンはその一部をロシア語に訳した。
執筆者:直野 敦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報