改訂新版 世界大百科事典 「トネリコ」の意味・わかりやすい解説
トネリコ
Fraxinus japonica Bl.
モクセイ科の落葉高木で,北陸地方では田のあぜに稲架木(はざぎ)として植えられ,タモノキともいう。高さ15m,直径60cmに達し,幹の樹皮は淡褐灰色を呈する。当年枝は太く,断面が四角く角張る。葉は対生し,奇数羽状複葉で,小葉は5~9個,長卵形で長さ5~15cm。4~5月,当年枝端に円錐花序をつける。雌雄異株で花に花冠はなく,雌花にはめしべとときに2本のおしべ,雄花には2本のおしべがある。秋に長さ3~4cmの倒披針形の翼果ができる。中部地方から奥羽地方までの温帯の山間湿地に生える。トネリコとタモノキはともに平安時代から古書に残された名であるが,前者は今日のアオダモ類をさし,後者は地方によってはハルニレあるいはタブノキに当てられることもある。
トネリコ属Fraxinus(英名ash)は北半球に約70種があって,東アジア,北アメリカ,地中海地方に多い。いずれも材は環孔材で強く弾力があるので,野球のバットなど運動用具材として優れ,器具・建築・車両材などとしても賞用される。頂生花序をもつアオダモの仲間と側生花序をもつシオジの仲間がある。頂生花序を有するアオダモF.lanuginosa Koidz.は日本全土と南千島,朝鮮半島南部に分布し,5または7枚の小葉をもつ。これとマルバアオダモは小高木であるが,ヤマトアオダモは高木となる。前年枝に花序を側生するシオジF.spaethiana Lingelsh.は高さ30mになり,小葉は5~9枚。栃木県から宮崎県に至る太平洋側の温帯山地の湿潤地にときに純林をつくる。ヤチダモF.mandshurica Rupr.var.japonica Maxim.は高さ25mになり,小葉は7~11枚と多い。本州長野県以北,北海道,サハリンおよび朝鮮半島,中国北部からウスリー地方までの河岸や湿地付近の肥沃地に純林をつくる。これに近いセイヨウトネリコF.excelsior L.(英名ash,common ash)はヨーロッパと西アジアの産である。
執筆者:濱谷 稔夫
神話,民俗
トネリコは北欧神話の中で重要な役割を果たしている。あらゆる木のうちで最も大きく,全世界の上に枝をひろげる宇宙樹イグドラシルはトネリコである。主神オーディンはこの木に9夜の間,槍に傷つき,つり下がり,わが身を犠牲に捧げることで,ルーン文字を学んだという。また神は,海岸を歩いているときに見つけたトネリコから人類最初の男性アスクAskrをつくったという。
トネリコの木は,良質の土壌にめぐまれると堂々たる大樹に生長する。トネリコは家に陰を与えて保護し,子どもたちが独立するとき結婚の費にあてられた。また木質が固くがんじょうなことから,垂木や棍棒,槍の柄,雪靴を作るのに用いられた。このようなことから古人は畏敬の念をもってトネリコを見たのであろう。ドイツのレーン地方では,トネリコの開花期で豊作か凶作かを占い,トネリコがオークより早く咲くと凶作,遅く咲くと豊作だという。トネリコの若枝をさいて,その間から病気の子どもを通すとよくなるとも,雷から人を守るとも,蛇よけになるともいう。鉱脈を探ったり,水源を知るためにしばしば用いられる〈占い棒〉には,トネリコの若枝がよく使われるが,銅を見つけるのにとくによいという。南ドイツでは聖金曜日(復活祭前の金曜日)に切られたトネリコの枝は傷を治す力があると信じられているし,樹皮と葉をせんじて飲むと慢性リウマチや足指の痛風に効くといって今日でも用いる人がいる。
執筆者:谷口 幸男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報