日本大百科全書(ニッポニカ) 「サイボーグ」の意味・わかりやすい解説
サイボーグ
さいぼーぐ
cyborg
人間と機械が一体となり、意識することなしに機械が自律的調節系として働く、人間‐機械統合体のこと。
[新藤克己]
サイボーグの由来
アメリカのマンフレッド・E・クラインズManfred E. Clynes(1925―2020)とネイザン・S・クラインNathan Schellenberg Kline(1916―1983)は1960年に著したCyborgs in Space(宇宙のサイボーグ)のなかで、人間の肉体の各部分を人工機器に置き換えることによって、人間が宇宙空間で生きていけるようにするという概念を提唱した。そのなかでクラインズは、1948年にアメリカの数学者ノーバート・ウィーナーによって提唱された、生物、機械装置の区別なくそれぞれの制御・通信系の問題を扱う科学の一分野であるサイバネティックスの理論に基づいて、生物と機械装置の結合体をサイバネティック・オーガニズムcybernetic organismと名づけ、縮めてサイボーグとよんだ。
当初サイボーグは、人間にさまざまな装置を取り付けることによって、通常の人間以上の働きをさせるスーパーマン・サイボーグとして考えられた。しかし現実には、病気・外傷・加齢などによって欠陥が生じた人体に人工装置を取り付けて、正常な働きを回復させる医療福祉的サイボーグが研究の中心となっている。しかし、これらの装置は、人体の調節・制御システムと一体になって人体の生理機能の安定性を維持すること(生理的ホメオスタシス)が理想であり、補助器具としての義手や義足、あるいはコンタクトレンズをつけた人間をサイボーグとよぶのは無理がある。現在、神経と機械装置を直結し、電気信号の形で脳に直接情報を送り込んだり取り出したりすることによって、義手や義足を意のままに動かしたり、失われた視力を取り戻したりする研究が進められているが、この技術が確立すれば本来の意味におけるサイボーグが誕生することになる。
[新藤克己]
メディアに登場するサイボーグ
文学や視聴覚メディアの世界において、サイボーグは魅力ある素材としてしばしば取り上げられている。日本では、サイボーグということばができてわずか4年後の1964年(昭和39)に『サイボーグ009』(石ノ森章太郎作)というシリーズ漫画が登場した。この作品はその後1966、1967、1980年にアニメ映画化され、1968年と1979年にはテレビアニメとして放送された。同じ作家による『仮面ライダー』は、1971年に連載漫画として登場するとともにテレビドラマ化され、続編がたくさん制作された。アメリカでは1974年に元宇宙飛行士がサイボーグ手術を受け、サイボーグ・スパイとして活躍するテレビドラマ『600万ドルの男』が制作され、その続編として女性サイボーグを主人公とした『バイオニック・ジェミー』がつくられた。1987年には映画『ロボコップ』が公開され、続編もつくられた。これらの作品を含めて、小説や映画に登場するサイボーグの多くには、機械によって超人化された自分という存在に嫌悪感や劣等感を抱く傾向がみられる。彼らは、自分は人間ではなく化物の一種だと悩むのである。しかしサイボーグということばができた1960年にアン・マキャフリーAnne McCaffrey(1926―2011)が書いた『歌う船』の主人公ヘルバは違う。少女ヘルバは、16歳のときにその頭脳だけを取り出し、大型ロケットに制御装置として搭載されたサイボーグ宇宙船だが、悩んだすえに自分がサイボーグであることを積極的に受け入れるようになる。ただし、そのためには専門の心理学者によるカウンセリングや教育が必要であった。
1980年代になると、コンピュータの発達とあいまって、コンピュータと人間の神経が直結されて両者が融合した結合体や、そういうものが普通に存在する世界を主題とした小説がいくつも登場し、サイバーパンクとよばれるようになった。その後のコンピュータの急速な進化により、コンピュータによってつくられた仮想空間を舞台に、そこで繰り広げられる仮想(バーチャル)の人物の物語が創作された。しかし映画『マトリックス』(1999)に代表されるこの種の作品の登場人物は、生物と機械装置の結合体であるにもかかわらず、なぜかサイボーグとよばれることはまずない。サイバーワールドの住人として存在するかぎりにおいては、何かと何かの融合体ではなく、一個の独立した存在だからだろう。
[新藤克己]
『D・S・ハラシー著、桜井靖久訳『サイボーグ』(1968・白揚社)』▽『アン・マキャフリー著、酒匂真理子訳『歌う船』(1984・東京創元社)』▽『西垣通著『ペシミスティック・サイボーグ――普遍言語機械への欲望』(1994・青土社)』▽『永瀬唯著『肉体のヌートピア――ロボット・パワードスーツ・サイボーグの考古学』(1996・青弓社)』▽『ダナ・ハラウェイ著、高橋さきの訳『猿と女とサイボーグ――自然の再発明』(2000・青土社)』