翻訳|South Dakota
アメリカ合衆国中北部の農業州。面積19万9551平方キロメートル、人口75万4844(2000国勢調査速報値)。州都ピア。地形的には、州のほぼ中央部を南北に流れるミズーリ川によって分割される。東部域は肥沃(ひよく)な農地であるが、バッドランドやグレート・プレーンズに代表される西部域は樹木の少ない乾燥地である。バッドランズ、ウィンド・ケーブ両国立公園や、断崖(だんがい)に刻まれた4人の大統領の巨像で有名なラシュモア山など、景勝地も西部に集中する。西から東に向かって傾斜し、ロッキー山脈以東では最高峰のバーネー山(2207メートル)が頂点をなす。気候はほぼ内陸気候で、夏は暑く冬は寒い。降水量、湿度ともに低く乾燥する。森林は全面積の3.5%を占めるにすぎない。主要産業は畜産業で、牛をはじめブタ、ヒツジなどがミズーリ川以東を中心に、また西部地域でも飼われている。そのほか、小麦、トウモロコシ、大豆、エンバクなどの栽培も、畜産に次いで広範囲に行われる。したがって工業も食肉出荷業、食品加工業が大部分を占めており、南東部ではスー・フォールズ、南西部ではラピッド・シティがその中心となる。また、ブラック・ヒルズ山脈中のホームステークは世界最大の金鉱山として知られ、リードは合衆国の主要金鉱採掘地として活躍している。
1742年に、スー人を中心としたインディアン居住地にフランス人が入った。フランス、スペインなどの支配を経て、1803年のルイジアナ購入により合衆国の統治下に入り、68年に現在のサウス・ダコタ、ノース・ダコタ両州とモンタナ州、ワイオミング州の一部を含むダコタ準州を結成した。1870年代のゴールド・ラッシュが急激な人口増加と発展の契機となった反面、周辺の土地を所有していたスー人との長い抗争の原因ともなり、90年のウンデッド・ニーのインディアン大虐殺は、1970年代の激しいアメリカ・インディアン運動の象徴的事件となった。1889年ノース、サウス両ダコタが分かれ、サウス・ダコタは第40番目の独立州に加わった。
[作野和世]
アメリカ合衆国中西部の州。略称S.Dak.,S.D.。連邦加入1889年,40番目。面積20万km2,人口81万4180(2010)。州都ピーア,最大都市スー・フォールズ。1803年のルイジアナ購入により合衆国領となる。ダコタはスー族の言語で〈友人〉の意味。別称として〈ブリザード(大吹雪)州〉もしくは〈サンシャイン(日光)州〉と呼ばれるのは,ステップ気候で夏冬の差の大きさを示す。さらに〈コヨーテ州〉という別称は,人跡まれな西部の州というアメリカ人一般の印象を表している。ノース・ダコタ州としばしば混同され,ケネディ大統領が選挙運動中にこのまちがいを犯した話は有名である。中央部をミズーリ川が流れ,西部に観光地として名高いブラック・ヒルズ山地がある。4人の大統領の顔を刻んだラシュモア山もここにある。1874年,カスター将軍の連隊がこの山地で金を発見し,ゴールドラッシュが起こった。その結果,インディアンの追出しが進み,76年のカスター大隊の敗北(モンタナ州内)から90年のウーンデッド・ニーの虐殺まで,血なまぐさい闘争が続いた。ホームステーク鉱山を中心とする金(全米1位,1980)の採掘は今日も盛んである。ブラック・ヒルズ山地を除けば,平たんなグレート・プレーンズに位置し,農牧業では牧草,ライ麦,燕麦(全米2位,1980)などの飼料作物の栽培と肉牛の放牧に重点が置かれている。
執筆者:正井 泰夫+岡田 泰男
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