翻訳|Satan
ユダヤ教・キリスト教で,人間を神の道からそらせようとする力が擬人化されたもの。〈敵対するもの〉という意味のヘブライ語śāṭānに由来する。イスラムではシャイターンshayṭānという。悪魔・悪霊などと同一視され,その概念は必ずしも一定ではない。サタンは,旧約聖書では神に従属するものとされ,神対サタンという二元論は避けられている。新約聖書中の,イエスが病人から悪霊を追い出す行為は,サタンの国の崩壊と神の国の到来につながるものであった。サタンはまた荒野でイエスを誘惑して退けられ(荒野の誘惑),ユダの中に入ってイエスを裏切らせる。使徒時代以後は,キリスト復活によってサタンは一度敗北したが,絶えず神に敵対し策謀をめぐらすものとして,また反キリスト教勢力を動かす力として言及される。サタンは,エデンでイブを誘惑したヘビや,ミカエルによって天上を追われた竜とも同一視される。
西洋美術にはサタンはひんぱんに登場し,その姿は多様である。初期キリスト教時代には《創世記》のヘビや《ヨハネの黙示録》の竜が描かれた。中世初期からは〈荒野の誘惑〉などの場面に人間の姿で登場するようになる。《ラブラ福音書》(586)の病人の治癒の場面には,病人から飛び去っていく小さな人間が影のように描かれる。翼をもった姿で描かれることも多い。中世の教会堂装飾では,醜い人間の形や半人半獣のサタンがタンパンや柱頭彫刻などに数多く見られる。イタリア・ルネサンス美術のサタンはしばしば頭に角をもつ(ギベルティ,フィレンツェ洗礼堂北門青銅扉浮彫,1403-24)。人間や獣の部分を混合し奇怪な姿のサタンを作り出す傾向は,北方およびドイツ・ルネサンスの美術で特に強く,木版画などには民間伝承や宗教論争を反映した怪物が活躍した。
→悪魔
執筆者:浅野 和生
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『旧約聖書』では、もと「敵対する者」を表す普通名詞であったが、のち超自然的存在として神に敵対する者、すなわち悪魔を表す固有名詞となった。「ヨブ記」におけるサタンは、人の罪を神に訴え、人とさらに間接的には神に敵対する霊的存在である。「創世記」3章では、サタンは蛇として、エバを誘惑して神の命令に背かせる。『新約聖書』では、イエスを試み(「マタイ伝福音書(ふくいんしょ)」4章1~11)、ユダの心に入ってイエスを裏切らせ(「ルカ伝福音書」22章3)、パウロの伝道を妨害し(「テサロニケ書Ⅰ」2章18)、絶えず人を神から離反させようとする(「ペテロ書Ⅰ」5章8)。聖書では、サタンは神と二元的に対立するものではなく、神の制約下にあり、最後にはキリストに滅ぼされる存在として扱われている(「ヨハネ黙示録」20章1~10)。
[野口 誠]
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…【吉田 禎吾】
[キリスト教と悪魔]
西洋には例えば英語のdemon,devil,satanなど〈悪魔〉と訳される語は多い。そのうちサタンはヘブライ語に由来し,もとは〈敵対者〉の意味だが,キリスト教信仰の伝承過程で〈神の敵対者〉のなかの最高存在を指すようになった。旧約聖書ではなお,裁判所への告訴者,主の言説に対する反対者の性格が強いが,新約聖書では人類を誘惑して堕落させる悪しき霊の最高神格,あるいは〈この世の君(きみ)〉(《ヨハネによる福音書》12:31),〈死の権力(ちから)を有(も)つ者〉(《ヘブル人への手紙》2:14)と目されている。…
…天地創造は無にして全なる状態から大いなる顔が生まれることに始まる,とするカバラ思想は,セフィロトの木によって旧約聖書も解釈している。 サタンが三つの顔をもつことは中世を通じて民衆に信じられていた。一つは赤面でヨーロッパまたは憎悪を象徴し,一つは黄白色でアジアまたは無力を,一つは黒くアフリカまたは無知を表すとする。…
…魔女は通常コウモリに化身して家々を訪れるとされ,中世キリスト教美術ではコウモリの翼をもつ悪魔が盛んに描かれた。これはさらにダンテの《神曲》によって,コウモリの翼をもつ魔王サタンの姿に定着された。錬金術のシンボルとしてはカラスとともに黒(原質)を示し,両性具有の寓意にも用いられた。…
…大天使ミカエルの竜退治をはじめ,聖人に殺される竜はみな〈悪〉の象徴である。このため竜はサタンとも同一視された。《ヨハネの黙示録》には七つの頭,10の角,七つの王冠を持つ巨大な竜が出てくる。…
※「サタン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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