ヘブライ語(読み)ヘブライゴ(その他表記)Hebrew

翻訳|Hebrew

デジタル大辞泉 「ヘブライ語」の意味・読み・例文・類語

ヘブライ‐ご【ヘブライ語】

セム語族に属する言語。旧約聖書に用いられた古代ヘブライ語、もっぱら文字言語としてユダヤ教徒に使われた中期ヘブライ語のあと、19世紀末に日常語として復活したのが現代ヘブライ語で、これはイスラエル公用語の一つ。

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精選版 日本国語大辞典 「ヘブライ語」の意味・読み・例文・類語

ヘブライ‐ご【ヘブライ語】

  1. 〘 名詞 〙 セム語族北西セム語派に属する言語。旧約聖書の大部分は、これで書かれた。紀元前数世紀以来、ユダヤ人によって宗教用語としてのみ用いられてきたが、イスラエル建国後は同国の公用語として復活した。ヘブライ文字で表記される。

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改訂新版 世界大百科事典 「ヘブライ語」の意味・わかりやすい解説

ヘブライ語 (ヘブライご)
Hebrew

古代イスラエル人によって話され,バビロン捕囚後はユダヤ教徒によって継承され,現代に復活してイスラエル共和国の公用語となっている言語で,3000年にわたる文字資料を有する。系統的にはアラビア語やエチオピア語とともにセム語族に属し,古代ではフェニキア語などとともに北西セム語カナン語派を形成した。

前14~前12世紀にイスラエル民族がカナン(後のパレスティナ)に侵入した当時,そこに見いだした原住民の言語たるカナン語は,既に原ヘブライ的ともいうべき特徴を備えていたことが,エジプトアッカド音節文字で書かれた記録--とくにアモリ語の人名やアマルナ文書--からうかがわれる。一方,侵入者自身は古アラム語の方言を話していたと推定される(《申命記》26:5)から,ヘブライ語はアラム語とカナン語との混合言語として成立したと考えられる。古代ヘブライ語Old Hebrew(または聖書ヘブライ語Biblical Hebrew)の記録としては,〈ゲゼル農事暦〉(前10世紀ころ),サマリアの陶片(前8世紀ころ),シロアム刻文(前700ころ)などの考古学的発掘物もあるが,最も重要なのは〈旧約聖書〉(アラム語で書かれた《創世記》31:47の2語,《エレミヤ書》10:11,《ダニエル書》2:4~7:28,《エズラ書》4:8~6:8,7:12~26を除く,全体の98%強)である。聖書がヘブライ語で書かれているという事実なしには,以後のヘブライ語の歴史はありえなかったのであって,事実聖書が現代に至るまでヘブライ語の規範であった。聖書は約1000年にわたって集大成されたもので,原資料の段階では当然言語の各面について年代差・地域差を示していたはずであるが,現存の本文の言語はきわめて等質化されている。これはその文語的性格と,長年の伝承による規格化とのゆえであろう。聖書の子音本文は1世紀ころ,母音・アクセント等の発音は最終的には10世紀初頭ころまでに確定されたものである。

 しかし語彙や文体の面ではある程度の時代差が認められ,後期の文書はクムラン文書とともに,その言語は次期のミシュナ・ヘブライ語Mishnaic Hebrewに近い。この後期の聖書ヘブライ語からもうかがえるように,ヘブライ語は前6世紀の第2回捕囚後ただちに死語化したのではなく,上述の古アラム語から発達して当時の中東地域の共通言語となっていた帝国アラム語の影響をしだいに強く受けながら,ミシュナ・ヘブライ語に移行したのであって,200年ころに編集されたユダヤ教文書(ミシュナ,ミドラシュなど)の言語がその代表である。パレスティナにおいてヘブライ語が日常の口語としての役割をアラム語に完全に譲ったのは,1世紀後半のことであろう。

 以後の中世ヘブライ語Medieval Hebrewは,ちょうど中世ヨーロッパにおけるラテン語のように,各地に散在したユダヤ教徒を結ぶ第二言語として,アラム語,アラビア語,中高ドイツ語,ロマンス諸語などの影響を受けつつ,数千にのぼる新語を作り,宗教のみならず,哲学・文学・医学・自然科学など各分野で多くの著述を生んだ。13世紀以後ユダヤ教徒に対する迫害のゆえに文語としてもヘブライ語は衰退の道をたどったが,18世紀のヨーロッパに起こった啓蒙運動はユダヤ人の目を聖書ヘブライ語に向かわせ,これが口火となり,E.ベン・イェフーダ(1858-1922)の献身的努力によって,ヘブライ語はパレスティナ在住のユダヤ人の日常言語として,しだいに復活していった。この現代ヘブライ語Modern Hebrew(イブリトIvrit)は,1948年のイスラエル建国後は,アラビア語とともにその公用語とされ,今では非ユダヤ教徒をも含めた多くのイスラエル国民の第一言語となっている。

ティベリア式訓点によれば,聖書ヘブライ語の子音は,セム祖語におけるz:ḏ,š:ṯ,ṣ:ḍ:ẓ,ḥ:ḫ,c:ġの対立を失って,23個を数える。逆に母音はi,e,ɛ,a,ɔ,o,uを区別する。現代ヘブライ語では,さらにs:ś,t:ṭ,k:q,’:‘の対立が消え,破裂音p,b,t,d,k,gのうちt,d,gは母音の直後でも摩擦音化しない。

 形態論の面では,名詞・動詞の大部分が3子音の語根と,接辞・母音から成る型とに分析される点はセム祖語の特徴を受け継いでいるが,名詞の格語尾は既に古代において失われている。属格結合の名残として,dbar ha-’š〈言葉・その人→その人の言葉〉のように,後置された名詞が前の名詞を支配し,この際,前の語は〈構成形〉を採り,〈絶対形〉(この場合dabár)と区別される。現代では,この名詞同士の直接結合のほかに,古代以来人称代名詞としか結合しなかったšelを属格助詞としたdabár šel ha-’šのような表現も用いられる。一方,古代では名詞にも動詞にも接尾した人称代名詞が,現代では動詞には接尾せず,古代以来おもに対格助詞として用いられた'etに人称代名詞を接尾させて,動詞の直接目的語としている。

 動詞が接尾辞活用と接頭辞活用に分かれる点はアラビア語と同じであるが,双数形は名詞の場合と同じく古代以来,また性による区別も現代の複数形では失われた。その意味も,古代では完了・未完了の対立であったが,現代では過去・未来の時制的対立に近づき,この際,現在時制は古代における分詞によって表される。さらに聖書ヘブライ語の動詞体系の特色であったいわゆるワウ接続形(概略的にいえば,接続詞wと結合した動詞はそのアスペクトが逆になる)は,現代ヘブライ語では用いられない。
ヘブライ文字
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘブライ語」の意味・わかりやすい解説

ヘブライ語
へぶらいご

アラビア語やエチオピア語などとともにセム語族に属し、古代ではフェニキア語などと並んで北西セム語カナーン語派を形成した。紀元前二千年紀後半にアラム(現在のシリア)からカナーン(現在のパレスチナ)に入ったイスラエル・ヘブライ人の言語が、同系のカナーン語と混交してできたものと推定される。古代ヘブライ語の資料には、「ゲゼル農事暦」(前10世紀)、「シロアム刻文」(前700ころ)などの短い碑文もあるが、もっとも重要なのは『旧約聖書』で、その大部分(98%強)がヘブライ語で書かれたという事実が、イスラエル・ユダヤ民族の運命と相まって、以後のヘブライ語の歴史を決定したのである。『旧約聖書』は、原資料まで考慮すれば前13~前3世紀にわたるが、言語的には、『死海文書』(前1世紀ころ)に近い後期の諸書(「歴代志」など)を除くと、詩文、散文の区別はあるものの、時代差、方言差をほとんど反映していない。日常語としては、南王国ユダのバビロン捕囚(前6世紀)のころから、しだいに当時の中東地域の共通語で同じく北西セム語に属したアラム語に席を譲っていく。しかし、紀元200年ごろに集成されたユダヤ教文書(ミシュナ・ミドラシュなど)のミシュナ・ヘブライ語は、一部で2世紀末ごろまで話されたらしい。その後の中世ヘブライ語は、アラム語、ギリシア語などの要素も加わった人工的文学語で、パレスチナだけでなく、欧州各地で宗教、哲学、文学、自然科学などの分野に多くの重要な作品を残した。こうしてユダヤ教徒によって文字言語として継承されてきたヘブライ語が、啓蒙(けいもう)主義(ハスカラ)に刺激され、19世紀後半、エリエゼル・ベン・イェフダEliezer Ben Yehuda(1858―1922)らの献身的な努力によって、パレスチナに日常語(現代ヘブライ語Ivrit)として復活、現在イスラエル国の公用語として300万人近くの話し手をもっている。

[松田伊作]

特徴

セム祖語の特徴をよく保存している古典アラビア語と比べると、すでに古代において、強子音体系の単純化、格語尾の消失、双数形の退化などの現象の反面、母音体系の複雑化、動詞のワウ接続形(接続詞wの直後で完了と未完了の意味が入れ替わる)などの特色がみられる。動詞体系はすでにミシュナ時代に単純化し、ワウ接続形も消え、その意味もアスペクトの対立から時制の対立へと変わり、現代ヘブライ語では強音、喉音(こうおん)は完全に消失、格の機能は前置詞が担うことになった。動詞+目的語、被修飾語+修飾語の語順は古代以来変わらぬが、主語は動詞に先行することもあり、現代ではこのほうが普通である。

[松田伊作]

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百科事典マイペディア 「ヘブライ語」の意味・わかりやすい解説

ヘブライ語【ヘブライご】

北西セム語のカナン語に属し,カナン諸語中最も重要な言語。Hebrew。旧約聖書の言語で,文献は前11世紀にさかのぼる。前2世紀にアラム語が優勢になり,口語としては死滅したが,その後も宗教語としては長く用いられた。19世紀末のシオニズム運動とともにヘブライ語復活運動が起こり,現在ではイスラエルの公用語(イブリトIvrit)となっている。聖書読誦の伝統音が各地によって異なるため,出身地による発音の差はあるが,近来はそれにかぶさる共通音が生まれつつある。→ヘブライ文字
→関連項目イスラエルイディッシュ語セム語族ユダヤ啓蒙主義

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世界の主要言語がわかる事典 「ヘブライ語」の解説

ヘブライご【ヘブライ語】

セム語族の北西セム語派に属する言語。現代ヘブライ語はイスラエルの公用語で、話者数は約500万人。歴史的には紀元前13世紀にカナン(パレスチナ)に入ったイスラエル民族の言語(アラム語の方言)とカナン語とが混交して生まれた古代ヘブライ語にさかのぼる。古代ヘブライ語はユダヤ教の聖典である旧約聖書に結実したが、口語はユダヤ人の離散とともにしだいに衰退。中世にはもっぱら文語としてユダヤ教徒によって受けつがれ、19世紀後半、ベン・イェフーダらの努力によってパレスチナのユダヤ人の日常語として復活した。アルファベットは22の子音字からなる。単語は、3子音からなり基本的な意味を与える語根と、接辞・母音からなり文法的意味を与える型とを組み合わせてつくられる。現代語は古代語とくらべて、格語尾や双数形の消失、前置詞の多用、母音体系の複雑化などの特徴をもつ。◇英語でHebrew。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヘブライ語」の意味・わかりやすい解説

ヘブライ語
ヘブライご
Hebrew language

セム語族に属する北西セム語の一つ。フェニキア語モアブ語とともにカナン語と呼ばれる。前3世紀頃までを古代ヘブライ語といい,旧約聖書の大部分がこれで書かれている。以後,話し言葉としてはアラム語に取って代られたが,書き言葉としての使用は続いた。後2世紀の『ミシュナ』にみられるヘブライ語をミシュナ・ヘブライ語といい,アラム語などの影響による,古代ヘブライ語からの変化がみられる。 1948年の建国以降,イスラエルの国語として用いられている現代ヘブライ語は,古代ヘブライ語を基盤としてそれに多くの改新を加えたもので,文字言語が音声言語としても復活した唯一の例である。ヘブライ文字で書かれる。

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世界大百科事典(旧版)内のヘブライ語の言及

【ヘブライ人】より

…ギリシア語のヘブライオスhebraiosによる呼称で,旧約聖書ではイブリー‘ibrî。前3千~前2千年紀の古代東方一帯の文書に,傭兵として現れたり,定住民を脅かしたりする遊牧的で不安定な社会層として,ハピルもしくはハビルhap/biru,‘apiruなる名称が見いだされる。イブリーもフィリスティア人の傭兵,エジプトでの遊牧的下層民,債務奴隷身分に陥った下僕などとして言及されており,ハピル(ハビル)との言語学的対応は証明できないが,身分状況は対応する。…

【イスラエル[国]】より

…正式名称=イスラエル国Medinat Yisrael∥State of Israel面積=2万0325km2―ヨルダン川西岸,ガザ,東エルサレム,ゴラン高原を除く人口(1996)=548万人―ヨルダン川西岸,ガザのイスラエル人および東エルサレム,ゴラン高原の人口を含む首都=エルサレムal‐Quds∥Jerusalem―ただし国際的承認はえられていない(日本との時差=-7時間)主要言語=ヘブライ語,アラビア語通貨=シュケルShekel西アジアの地中海東岸に位置するユダヤ人の建設した共和国。
【歴史】
 19世紀の後半,主としてロシアおよび東ヨーロッパに居住していたユダヤ人の間から,前1000年ころから西暦1世紀にユダヤ教徒の王国があったパレスティナに移住し,ユダヤ人の独立国家を建設しようという運動(シオニズム運動)が興り,その後数十年間にわたって移住と建国のための運動が続けられた結果,1948年5月14日にイスラエル国の独立が宣言されるにいたったものである。…

【数】より

…インド・ヨーロッパ語ではギリシア語やサンスクリットにみられたが,現代語では消滅した。アラビア語kitābun(〈本〉単数)―kitābāni(同,双数)―kutubun(同,複数)のように〈2〉に関しては必ず双数形を用いる言語もあれば,ヘブライ語のように同じ〈2〉でも〈対(つい)〉をなしている場合に限って用いられる場合もある。したがってヘブライ語では単数regel〈足〉に対して,双数raglayimは〈ある個体の1対の足〉を意味し,たとえ〈2本足〉でもそれが対をなしていない場合は複数形rəgālīmが用いられる。…

※「ヘブライ語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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