日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヘブライ語」の意味・わかりやすい解説
ヘブライ語
へぶらいご
アラビア語やエチオピア語などとともにセム語族に属し、古代ではフェニキア語などと並んで北西セム語カナーン語派を形成した。紀元前二千年紀後半にアラム(現在のシリア)からカナーン(現在のパレスチナ)に入ったイスラエル・ヘブライ人の言語が、同系のカナーン語と混交してできたものと推定される。古代ヘブライ語の資料には、「ゲゼル農事暦」(前10世紀)、「シロアム刻文」(前700ころ)などの短い碑文もあるが、もっとも重要なのは『旧約聖書』で、その大部分(98%強)がヘブライ語で書かれたという事実が、イスラエル・ユダヤ民族の運命と相まって、以後のヘブライ語の歴史を決定したのである。『旧約聖書』は、原資料まで考慮すれば前13~前3世紀にわたるが、言語的には、『死海文書』(前1世紀ころ)に近い後期の諸書(「歴代志」など)を除くと、詩文、散文の区別はあるものの、時代差、方言差をほとんど反映していない。日常語としては、南王国ユダのバビロン捕囚(前6世紀)のころから、しだいに当時の中東地域の共通語で同じく北西セム語に属したアラム語に席を譲っていく。しかし、紀元200年ごろに集成されたユダヤ教文書(ミシュナ・ミドラシュなど)のミシュナ・ヘブライ語は、一部で2世紀末ごろまで話されたらしい。その後の中世ヘブライ語は、アラム語、ギリシア語などの要素も加わった人工的文学語で、パレスチナだけでなく、欧州各地で宗教、哲学、文学、自然科学などの分野に多くの重要な作品を残した。こうしてユダヤ教徒によって文字言語として継承されてきたヘブライ語が、啓蒙(けいもう)主義(ハスカラ)に刺激され、19世紀後半、エリエゼル・ベン・イェフダEliezer Ben Yehuda(1858―1922)らの献身的な努力によって、パレスチナに日常語(現代ヘブライ語Ivrit)として復活、現在イスラエル国の公用語として300万人近くの話し手をもっている。
[松田伊作]
特徴
セム祖語の特徴をよく保存している古典アラビア語と比べると、すでに古代において、強子音体系の単純化、格語尾の消失、双数形の退化などの現象の反面、母音体系の複雑化、動詞のワウ接続形(接続詞wの直後で完了と未完了の意味が入れ替わる)などの特色がみられる。動詞体系はすでにミシュナ時代に単純化し、ワウ接続形も消え、その意味もアスペクトの対立から時制の対立へと変わり、現代ヘブライ語では強音、喉音(こうおん)は完全に消失、格の機能は前置詞が担うことになった。動詞+目的語、被修飾語+修飾語の語順は古代以来変わらぬが、主語は動詞に先行することもあり、現代ではこのほうが普通である。
[松田伊作]