翻訳|demon
一般に鬼神,守護神,悪魔などを意味し,本来は超自然的・霊的存在者を表すギリシア語ダイモンdaimōnに由来する語。ホメロスではほとんど〈神〉または〈神の力〉の同義語として扱われ,あらゆるできごとを引き起こす真の原因と考えられている。ことに突如として襲ってくる不可解で運命的な力は善悪を問わずすべてダイモンに帰せられる。その力とよい関係にある場合がエウダイモンeudaimōn(幸福),悪しき関係にあるときがカコダイモンkakodaimōn(不幸)なのである。ヘシオドスは,黄金時代に生きていた人々がダイモンとなって後世の人々を導くとした。人間が生まれながらにしてもっている守護霊と考えられたのである。プラトンはこれを神と人間との中間者と位置づけた。現代人であれば無意識領域に働くと規定するようないっさいの諸力がダイモンであった。
このように元来は必ずしも邪悪さとは結びつかない存在者で,天才的人格の特性として用いられるドイツ語デモーニッシュdämonischなどに積極的側面が残っているものの,キリスト教の台頭とともに異教の神々は排され,ダイモン=デーモンも魔神や悪魔と同一視されるようになった。ゾロアスター教,ユダヤ教,イスラム教などと並んで善悪二元論の立場をとるキリスト教神学では,神や天使の構成する善の位階に対応して,悪の位階を構想するが,デーモンはもっぱら後者の中に組織されたのである。悪魔,悪霊の総称としてのデーモンの中ではルシフェル,マンモン,アスモデウス,サタン,ベルゼブブ,レビアタン(リバイアサン),ベルフェゴルなどが代表である。近世にはその悪魔の世界を体系的に扱う悪魔学(デモノロジー)が成立し,微に入り細をうがった議論が展開された。イギリス国王ジェームズ1世の著作は特に有名である。
→悪魔
執筆者:大沼 忠弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
おもに「悪霊(あくりょう)」の意味に用いられるが、その語源はギリシア語のダイモーンdaimōnに由来し、本来は死者の魂の意であった。このため、善悪両方の側面をもち、人間に不幸をもたらす邪悪な存在としてばかりではなく、神に限りなく近い存在(半神)とみなされることもあった。超自然的なものを畏怖(いふ)すべきもの、危険なものとみる信仰は、古代エジプトやメソポタミアの文献にも現れているとおり、その起源は相当古いものである。それらは人間に襲いかかり、精神的かつ身体的な病気や不幸、災難を引き起こすとされている。ただし、古代の中国や日本で一般に信仰されていたように、デーモンを人間や動物の身体を離脱した魂というよりも、鬼、魑魅魍魎(ちみもうりょう)、河童(かっぱ)、山姥(やまんば)をはじめ、自然の精霊をも含めた広い意味でとらえる場合もある。
[植島啓司]
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…諸民族における悪魔という観念は,神や悪霊,死霊,精霊などの観念と不可分なことが多く,その観念内容は社会によってかなり異なっている。【吉田 禎吾】
[キリスト教と悪魔]
西洋には例えば英語のdemon,devil,satanなど〈悪魔〉と訳される語は多い。そのうちサタンはヘブライ語に由来し,もとは〈敵対者〉の意味だが,キリスト教信仰の伝承過程で〈神の敵対者〉のなかの最高存在を指すようになった。…
…いずれにしても予言者や巫女,ないしシャーマンといった神との対話者は,幻視を介してその職務を果たすことになる。ところで,一般に理性的思考の優勢だった古代ギリシアやローマ期には,いわゆるデーモンによる突発的な啓示が存在したことを除いて幻視体験は祝祭や秘儀の参加者に限られていた。しかしオリエントを含む東洋諸地域や中世のヨーロッパでは幻視を体験することが日常的に行われた。…
※「デーモン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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