サルモネラ感染症

内科学 第10版 「サルモネラ感染症」の解説

サルモネラ感染症(Gram 陰性悍菌感染症)

(3)サルモネラ感染症(salmonellosis)
定義・概念
 サルモネラ属菌(Salmonella sp.)の感染症で,発症様式から急性胃腸炎を主症状とする非チフス性のサルモネラ症と,腸チフスtyphoid fever)やパラチフスparatyphoid fever)のように菌血症と腸管局所の潰瘍性病変をきたし,発熱を主症状とするチフス性のサルモネラ症に分けられる.
原因
 サルモネラ属菌は腸内細菌科のGram陰性桿菌で,分類上はSalmonella entericaおよびS. bongoriの2菌種に分類される.前者はさらに6亜種に分けられ,それらの亜種ごとに多くの血清型がある.サルモネラの血清型は菌体抗原(O),表層抗原(Vi),鞭毛抗原(H)で決定され,血清型の総数は2500をこえている.菌名は血清型を用いて,Salmonella enterica subspecies enterica serovar Enteritidisのように記載される.しかし,臨床現場ではS. enterica serovar EnteritidisさらにS. Enteritidisのように略記で表記されることが多い.また,血清型別は多数存在して日常の診療業務に適さないことから,O抗原による血清群別分類が多用されている(例:非チフス性サルモネラ属菌の代表であるS. EnteritidisはO9群に属している).腸チフスはサルモネラ属菌のチフス菌(S. enterica subspecies enterica serovar Typhi:略表記でS. enterica serovar Typhi,さらにS. Typhiと記されることが多い),パラチフスは同様にパラチフスA菌(S. enterica serovar Paratyphi A,S. Paratyphi Aと略表記)が原因菌である.
疫学・統計的事項
1)非チフス性のサルモネラ症:
食中毒と判断した場合を除き届け出義務はなく,国内の発生状況の実態は不明である.細菌性食中毒としては,患者数と発生件数においてカンピロバクター属とともに主要原因菌となっている(厚生労働省).年間を通して患者がみられるが,5〜10月に多い傾向がある.国内感染のみでなく,輸入感染症としても患者が発生している.
2)腸チフス・パラチフス:
2005年から2008年までの4年間に報告されたわが国の腸チフス患者と保菌者の総数は227人で,国内感染が約20%,海外感染が約80%であった.同様にパラチフス患者の総数は95人で,国内感染が約10%,海外感染が約90%であった.さらに両者ともに輸入例が多くを占めており,アジア諸国(インド,インドネシア,ネパールなど)での感染が多いと報告されている(国立感染症研究所感染症情報センター,2009).
感染経路
 非チフス性サルモネラ,チフス性サルモネラともに,菌が混入した飲食物を介して経口感染する.
病態生理
1)非チフス性のサルモネラ症:
サルモネラ属菌は細胞内寄生菌であり,腸管粘膜上皮細胞に侵入して増殖することで急性の腸炎症状が出現すると考えられている.発症機序は不明な部分が多い.
2)腸チフス・パラチフス:
チフス菌,パラチフスA菌は腸管のPeyer板のM細胞へ侵入して増殖し,初期病巣を形成する.増殖した菌の一部はマクロファージにとらえられるがマクロファージ内で増殖し,リンパ管を経由して血中に入り第一次菌血症を起こす.その後,菌は肝臓脾臓骨髄などのマクロファージに貪食されるが,そのなかで増殖し,さらに血中に入って第二次菌血症を起こして発症する.また,菌は胆汁中で増殖して腸管へ至り,便に混入し外界に排菌される.
臨床症状
1)非チフス性のサルモネラ症:
腸炎の潜伏期は8〜48時間で,発熱,下痢,血便,腹痛,悪心,嘔吐などがみられるが,症例によって軽症から重症までそれらの程度はさまざまである.横紋筋融解症や急性腎不全を発症して重症化することもあり,特に小児や高齢者でその傾向がある.菌血症を起こして心内膜炎,関節炎,髄膜炎,大動脈瘤などを発症することがあり,結節性紅斑の原因となることもある.
2)腸チフス・パラチフス:
両者ともに同様の症状で,パラチフスがやや軽い傾向にある.潜伏期は1〜3週間で,発熱を主症状とする.未治療の典型例では第1病週前半に体温が上昇し39〜40℃となる.第1病週後半になると,比較的徐脈(発熱の程度に比べて脈拍数が少ない状態)や胸腹部にバラ疹(淡紅色のわずかに隆起する小斑)が出現するようになる.腸管病変部では第1病週が回腸下部のリンパ組織の腫脹時期に相当する.第2病週には最高体温が40℃前後の稽留熱が続き,下痢あるいは便秘となる.この時期は腸管病変部のリンパ組織が壊死を起こし,痂皮を形成する時期に相当する.第3病週には発熱は弛張型を示し次第に解熱する.この時期は腸管病変部の潰瘍形成期に相当し,腸出血,まれに腸穿孔を起こすので,腸穿孔による腹膜炎に注意する必要がある.第4病週には解熱し症状は改善する.第4病週末は腸管病変部が肉芽によって修復される時期に相当する.しかし,最近は早期に抗菌薬が投与される症例が多く,上記のような経過を示さない患者も多い.
検査成績
1)非チフス性サルモネラ症:
本症に特異的な血液検査所見はない.中等症や重症例では,末梢血の白血球数や血清CRP値の増加を認める症例が多い.
2)腸チフス・パラチフス:
本症に特異的な血液検査所見はない.血液検査で白血球数は正常か増加する症例が多く,分画では好中球が増加する.血清CRP,AST,ALT,LDHの上昇がみられる症例が多い.第2,3病週頃には,分画でリンパ球優位を伴う軽度の白血球数減少がみられることがある.腹部の画像検査で脾腫を認める症例が多い.
診断
1)非チフス性サルモネラ症:
臨床症状から確定診断することは不可能で,患者の糞便からサルモネラ属菌を検出することで診断する.
2)腸チフス・パラチフス:
やはり臨床症状から確定診断することは不可能で,患者の血液や便から原因菌を分離して診断する.本症は輸入感染症として重要な疾患で,その場合には発熱や血清のAST,ALT,LDH上昇がみられる疾患(マラリア,デング熱,急性ウイルス肝炎,ウイルス性出血熱,他菌による敗血症,血液の悪性腫瘍など)との鑑別を要する.
治療・予後
1)非チフス性サルモネラ症:
脱水対策が重要で経口的に水分摂取を勧め,経口摂取が不良な例や重症例では点滴で経静脈補液を行う.抗菌薬は必ずしも必要ではなく,無投薬あるいは乳酸菌製剤や酪酸菌製剤のようないわゆる整腸剤投与で経過を観察することもよく行われている.中等から重症者,易感染者,二次感染を起こす可能性のある集団生活者,保菌状態のため就業制限を受けている感染者などに抗菌薬投与が望ましいと判断した場合は,フルオロキノロン系抗菌薬を経口投与する(成人患者への投与例:トスフロキサシン 150 mg/回,1日3回,5~7日間経口投与など).急性腎不全などで死亡することがまれにあるが,わが国では一般的にサルモネラ腸炎の予後はよい.
2)腸チフス・パラチフス:
感染者には抗菌薬を投与する.最近まで有効であったフルオロキノロン系抗菌薬に耐性あるいは低感性を示す菌が増加した。フルオロキノロン系抗菌薬に耐性あるいは低感性を示す菌はナリジクス酸(NA)に耐性を示すことから,NAに耐性を示す菌が分離されればセフトリアキソンに代表される第3世代セフェムの点滴投与やアジスロマイシンの経口投与が行われる(成人患者への投与例:セフトリアキソン2 g/回,1日1~2回,14日間点滴投与,アジスロマイシン,初日1000 mg を1日1回,ついで2~7日に500 mgを1日1回,経口投与など).フルオロキノロン系抗菌薬に感性を示す菌であれば,フルオロキノロン系抗菌薬の経口投与が行われる(成人患者への投与例:トスフロキサシン300 mg/回,1日2回,14日間経口投与,レボフロキサシン500 mg/回,1日1回,14日間経口投与など).
 現在の日本においては,抗菌薬を投与すれば一般的に予後はよい.しかし,海外の流行地では腹膜炎などで死亡することもある.
 腸チフス,パラチフスの除菌確認については,発症後1カ月以上経過し,抗菌薬投与終了後48時間以後に24時間以上の間隔で行った糞便の培養検査で,チフス菌やパラチフスA菌が連続して3回以上検出されなければ,チフス菌やパラチフスA菌を保有していないとみなされる.
予防
 腸チフスには不活化ワクチンと弱毒生ワクチンがある.いずれもわが国では未承認であるが,自費で接種を行っている医療機関があり日本国内でも接種を受けることは可能である.
 非チフス性サルモネラ属菌,チフス菌,パラチフスA菌のいずれも便中に菌が排出される.ほかへの感染を防止するために,感染者,医療従事者は手洗いを励行する.便が付着した可能性のある物体に触れる際には手袋を着用し,手袋を脱いだ後に手洗いを行う.
法的対応
 「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(通称:感染症法)」により,腸チフス,パラチフスは三類感染症に指定されている.腸チフス,パラチフスの患者あるいは無症候性病原体保有者を診断した医師は直ちに保健所へ届け出を行うこととなっている.さらに,非チフス性サルモネラ,腸チフス,パラチフスともに食中毒と診断した場合には,食品衛生法の規定に従い直ちに(24時間以内)保健所へ届け出る必要がある.[大西健児]
■文献
国立感染症研究所感染症情報センター:腸チフス・パラチフス 2005〜2008年.病原微生物検出情報,30: 91-92, 2009.厚生労働省:病因物質別月別食中毒発生状況.
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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