デジタル大辞泉 「嘔吐」の意味・読み・例文・類語
おう‐と【×嘔吐】
[補説]書名別項。→嘔吐
[類語]
翻訳|vomiting
胃内容物が口から吐き出される反射運動。一種の毒物に対する防御反応で,嘔吐に際しては吐き気を伴う。
吐き気nauseaは悪心ともいい,舌根,咽頭,むなもとに感じる特有の不快感で,〈むかつく〉とも表現され,同時に唾液分泌の増加(なまつば),冷汗,顔面蒼白,脈拍数の増加が起こる。呼吸は深く,速く,不規則になる。ついで呼吸筋は痙攣(けいれん)性に収縮し,声門は閉じる。これによって吐物が気管内に吸引されるのを防いでいる。胃の幽門は収縮し,一方,胃体部,噴門は弛緩する。ときに幽門から噴門にむかう逆蠕動(ぜんどう)が起こる。ここで横隔膜と腹筋が強く収縮すると腹腔内圧が上昇し,胃は圧迫され,内容は食道に逆流する。その際,胃内容の一部は口腔から外に飛び出し,残りは食道内を上下する。続いて横隔膜が弛緩し,全呼息筋と腹筋が収縮すると声門が閉じているから胸腔内圧は高まり,食道は圧迫されて内容は口から外に出る。このときの鼻腔への逆流は口蓋帆の挙上と咽頭筋の収縮により防がれるが,間に合わないと胃内容は鼻からも出る。乳児は乳を飲みすぎたり腹を圧迫したりすると乳を吐くが,これは嘔吐ではない。乳児の胃の入口を閉じている筋(噴門括約筋)の収縮力(緊張)が弱いので,胃内圧が高まれば容易に逆流を起こすのである。
嘔吐反射の中枢(嘔吐中枢)は延髄網様体のなかにある。上部の消化管をはじめ腹部,胸部の臓器や漿膜に異常な刺激(たとえば炎症)が加わると,その情報はその領域に分布する迷走神経,交感神経内の求心性神経を通じて嘔吐中枢に伝達され,嘔吐中枢を刺激する。嘔吐中枢が十分に刺激されると,この刺激は胸部,腹部,咽頭,喉頭,食道,胃の筋を支配する遠心性神経によって伝えられて嘔吐が起こる。嘔吐させようとするとき指を口内にさしこんで舌根を押すのは,この反射を利用したものである。このほか,内耳の異常も前庭神経を介して嘔吐中枢に伝わり,嘔吐を起こさせる(たとえばメニエール病や乗物酔いの場合)。激しい感情の動揺(情動)によっても嘔吐が起こるが,これは間脳と辺縁系から嘔吐中枢に至る求心性神経があるためであろう。だから〈吐き気を催すようなにおい(光景)〉などという表現が生まれる。頭蓋腔内圧(脳圧)が上昇したり脳血流量が減少したりすると嘔吐中枢は酸素不足に陥り,これによっても嘔吐が起こる。そのほか延髄第四脳室の両側壁の最後野と呼ばれる部分には化学受容器があり,血液中の化学物質によって刺激されるとその情報は嘔吐中枢に伝えられ,嘔吐をひき起こす。各種代謝障害,たとえば尿毒症,重症黄疸,重症糖尿病,妊娠中毒症などのときみられる嘔吐は,この機序による。放射線障害による嘔吐も同じである。最後野の化学受容器を刺激する薬物としては,ジギタリス,モルヒネ類(ことにアポモルフィン)などが知られている。嘔吐が頻繁にくり返されると,腸の内容物も逆流し,胆汁が混じったり,下部の腸に狭窄や閉塞があると便臭のある腸内容物が吐き出される。後者を〈吐糞症〉という。また,胃潰瘍などで血が混じる場合を吐血という(消化管出血)。激しい嘔吐が起こると大量の胃液を吐出するため脱水状態に陥ることがある。また正常の胃液は約0.1規定の塩酸を含有するから,塩酸の体外喪失により低塩素血症,代謝性アルカリ性血症となり,ときにはテタニーをひき起こす。このような体液バランスの失調とそれによるショックを防ぐには低pH生理食塩水の輸液が必要である。
執筆者:東 健彦
小児は病気に際し,成人に比べて悪心,嘔吐を起こしやすいが,ときとして,その背後には重篤な疾患が潜んでいる場合もあり,また,嘔吐の合併症として脱水症あるいは肺病変(窒息,肺炎など)が起こる可能性もあるので,嘔吐を示す小児の場合には,慎重に観察して,早期診断,早期治療をすることがたいせつである。嘔吐の原因となる疾患は年齢によってかなりの特異性があるが,これらは大きく,消化器疾患,感染症,中枢性疾患,代謝性疾患および各種薬剤の過剰摂取などに分けられる。
新生児には,生理的嘔吐として初期嘔吐(生後1~2日の全身状態良好な新生児で授乳開始前に一時的にみられる嘔吐),空気嚥下がみられるが,これは特別の治療を必要としない。これ以外の嘔吐は,病的な嘔吐で細心の注意が必要であり,緊急な治療を要する場合が多い。すなわち,消化管の奇形(食道,胃,小腸,大腸の閉鎖または狭窄,横隔膜ヘルニアなど),ヒルシュスプルング病または腹膜炎のように外科手術が必要となるものがある。一方,内科的治療を要するものに,メレナ,胃腸炎,敗血症,髄膜炎,尿路感染症,頭蓋内出血,新生児特発性嘔吐症,フェニルケトン尿症,ガラクトース血症,および先天性副腎過形成などがある。
乳幼児期の嘔吐の原因としては,先天性肥厚性幽門狭窄症,下痢症,腸重積,急性虫垂炎,アセトン血性嘔吐症,急性中耳炎,尿路感染症,髄膜炎などがある。学童期では,胃腸炎,虫垂炎,消化性潰瘍,乗物酔いがおもな原因となる。
嘔吐はその原因を鑑別することがたいせつで,このためには,嘔吐の起り方,吐物の性状および嘔吐以外の症状(発熱,便通,腹部所見,頭痛,意識障害,項部強直,ケルニッヒ徴候)に留意することが必要である。
執筆者:瀧田 誠司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
胃の内容物が食道、口腔(こうくう)を逆流して排出される現象をいう。嘔吐に際しては、幽門は収縮し、噴門は弛緩(しかん)し、横隔膜の急激なれん縮と腹筋の収縮によって腹腔内圧が著しく上昇し、胃が圧迫されて胃内容物は噴門から弛緩した食道に押し出され、食道の逆蠕動(ぜんどう)により口腔へ吐出される。このとき、気管、鼻腔への通路は閉じる。このように、嘔吐は一連の複雑な反射運動の組合せよりなる異常運動である。嘔吐は、延髄にある嘔吐中枢が直接または反射的に刺激されておこる。直接刺激としては、大脳皮質からの精神的・心理的因子、機械的刺激(脳圧亢進(こうしん))、化学的刺激(薬物や代謝産物)がある。また、腹部内臓からの反射的刺激がある。嘔吐中枢は解剖学的に呼吸中枢、血管運動中枢などと接しているため、嘔吐に際し、発汗、徐脈、めまい、蒼白(そうはく)などの症状もおこる。さらに、嘔吐の前には吐き気(悪心(おしん))を伴うことが多い。なお、嘔吐中枢の刺激閾値(いきち)は個人差が大きい。
嘔吐をきたす疾患はきわめて多く、消化管をはじめ生体内のほとんどすべての臓器の器質的疾患や精神障害も含め、多岐にわたる。まず、胃疾患では急性胃炎、消化性潰瘍(かいよう)(胃・十二指腸潰瘍)、胃癌(がん)などがある。とくに大量の食物残渣(ざんさ)を吐く場合は、幽門狭窄(きょうさく)が考えられる。また、吐物中に血液が混入する場合は、潰瘍や癌が多い。大量の出血で吐血した場合、出血直後なら新鮮血の色を呈するが、出血後時間を経ると、血液は胃酸で変性してコーヒー残渣様を呈する。また激しい嘔吐を繰り返すと食道噴門接合部粘膜に亀裂(きれつ)が生じ、大量の吐血をみることがある。これをマロリー‐ワイスMallory-Weiss症候群という。食道静脈瘤(りゅう)の破裂も大量の吐血をきたす。他の腹部内臓疾患としては、胆石症、胆嚢炎(たんのうえん)、急性・慢性膵炎(すいえん)、急性肝炎、急性虫垂炎、腸炎、腹膜炎などがある。腸管の閉塞(へいそく)(イレウス)では激しい腹痛と嘔吐をきたし、吐物はしだいに糞臭(ふんしゅう)を帯びるのが特徴である。そのほか、急性腎盂炎(じんうえん)、腎・尿管結石、心疾患(うっ血性心不全、心筋梗塞(こうそく))、および卵管炎などの婦人科疾患でもみられる。また、妊娠可能年齢の女性では、妊娠初期の妊娠悪阻(おそ)(つわり)による嘔吐も重要である。一方、頭痛を伴い、吐き気は伴わない嘔吐の場合は、脳圧亢進によるものが多く、脳内出血、脳腫瘍(しゅよう)、髄膜炎、高血圧性脳症などがある。さらに、食中毒(細菌、腐敗物、有毒食品)、薬剤中毒、敗血症による毒素、代謝異常(肝不全、尿毒症、糖尿病など)によっても嘔吐がおこる。また耳鼻科的にはメニエール病や交通機関に乗ったときにおこる動揺病があり、眼科的には緑内障で嘔吐がみられる。
嘔吐に際しては、その原因となる疾患を早く確実に明らかにする必要がある。治療は、原疾患に対する治療が先決であるが、対症的には嘔吐中枢を鎮静する薬剤を用いたり、鎮痙(ちんけい)剤、胃粘膜麻痺(まひ)剤なども使われる。とくに激しい嘔吐の場合は、二次的に脱水や代謝異常、栄養障害をきたすこともあるので、十分な補液が必要である。
[竹内 正・白鳥敬子]
フランスの作家サルトルの長編小説。1938年刊。アントワーヌ・ロカンタンという人物の日記という形式をとっている。家族もなく、ただひとりブービルという港町に住んで、図書館で調べ物を続けるロカンタンは、ある日突然に平凡な物体を見て吐き気を覚え、その経験をつきつめて、ついに存在の偶然性の発見に導かれる。すべてのものは、たまたま「そこにある」にすぎず、存在することになんの意味もない。人間も同様である。ロカンタンはこれを不条理と名づけるとともに、もののように存在してはいない芸術の世界ではすべてが必然的に配置されていることに気づき、自分も一冊の虚構の作品を書こうと決意を固める。
フッサールとプルーストに深く影響された1930年代のサルトルの思想が、小説の形でみごとに構築されたもので、数年をかけて練り上げたむだのない文体で書かれ、第二次世界大戦後の文学に絶大な影響を及ぼした。
[鈴木道彦]
『白井浩司訳『嘔吐』(1994改訂版・人文書院)』
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出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
… 1933‐34年にベルリンでフッサールの現象学を学んだサルトルが,後の著作や活動の哲学的な基盤となる思想(現象学的存在論)を体系的に展開したのは,《存在と無》(1943)においてである。しかし彼の名前は,それ以前にすでに小説《嘔吐》(1938)で知られていた。これは発行と同時に好意的な批評に迎えられ,その直後には短編集《壁》(1939)を著し,たちまち彼は前途有望な作家として注目されるにいたる。…
…吐き気,嘔気ともいい,今にも嘔吐しそうな不快な感覚をいう。嘔吐に先行することが多い。…
※「嘔吐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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