腸チフス(読み)ちょうちふす(英語表記)typhoid fever

日本大百科全書(ニッポニカ) 「腸チフス」の意味・わかりやすい解説

腸チフス
ちょうちふす
typhoid fever

腸チフス菌を病原体とする重症の急性熱性全身性感染症。感染症予防・医療法(感染症法)では3類感染症に分類されている。これといった特別の症状もないのに高熱が4週間くらい続いて全身が衰弱する疾患である。日本では、1946年(昭和21)ごろまでは年間数万人の発生がみられる代表的な伝染病であったが、その後は年を追って減少し、68年以後は年間数百人程度で欧米なみとなった。一方、韓国や東南アジアなど諸外国との交流が激増するにつれ輸入伝染病として注目を浴び、とくに耐性菌持ち込みが心配されている。20~40歳代の罹患(りかん)率が高く、男女差はほとんどない。小児や高齢者の患者は少なく、小児では症状も軽いことが知られている。流行期は昔は夏や秋に多い傾向があったが、患者数の減少とともに季節的な変動が少なくなり、都市部では年間を通じてときどき発生し、海外旅行者が外国で感染して帰国後に発病する例が主となっている。

[柳下徳雄]

症状

1~2週間の潜伏期を経て全身の倦怠(けんたい)感、頭重感、食欲不振、腰痛や四肢の関節痛などがおこり、悪寒を伴って発熱する。熱は日増しに0.5~1℃の差で階段状に上昇し、5~6日で40℃前後となる。下痢便をみることは少なく、便秘に傾くのが普通である。

 発病第2週には40℃前後の稽留(けいりゅう)熱が続き、脾臓(ひぞう)や肝臓が腫(は)れてやや大きくなる。脈は高熱のわりには少ない(比較的徐脈)のが特徴である。胸、腹、背中などにバラ疹(しん)という直径2~4ミリメートルくらいの淡紅色の発疹(ほっしん)が5~30個くらい散在性に発現するが、小さいため見逃されやすい。舌は黄褐色の厚い舌苔(ぜったい)に覆われ、食欲がなくなって衰弱する。合併症として気管支炎や肺炎をおこすこともあり、重症の場合は難聴や意識障害などがみられる。

 発病第3週には熱が弛張(しちょう)熱となり、朝夕の差がしだいに大きくなる。食欲が出て回復の傾向がみられるが、危険な合併症である腸出血をおこしやすい。

 発病第4週になると、熱は朝夕大きく上下しながらしだいに下がり、1週間くらいで平熱となって全快する。以上は特効薬のクロラムフェニコール(CP)を使用しない場合の定型的な経過である。CPを使うと、有熱期間の短縮をはじめ臨床経過に種々の良い変化がみられる。

[柳下徳雄]

検査

早期には血液から、その後は糞便(ふんべん)や尿からも菌が培養検出される。また、発病第2週以後にはウィダール反応(血清中の凝集素による特異的凝集反応)を調べ診断の参考とする。

[柳下徳雄]

治療

長年の間、腸チフスには前述のCPが特効薬で第一選択薬とされ、チフス菌がCPに対して耐性菌であることがわかってからはアンピシリン(アミノベンジルペニシリン)が用いられてきた。しかし、20世紀末には両薬剤が効かない薬剤耐性チフス菌が多数出現し、効果が期待できなくなったため、ニューキノロン(ピリドンカルボン酸)系の化学療法薬のトシル酸トスフロキサシン(オゼックス)やレボフロキサシン(クラビット)が第一選択薬となった。服薬開始後5~6日で平熱となり回復するが、その後も2~3週間は投薬を続けないと再発することがある。また、輸液を含む栄養補給、安静療法、合併症の予防処置なども行われる。

 予後はCP療法以後、合併症も少なくなり死亡することはほとんどなくなった。しかし、早期診断が困難なために手遅れとなり、腸出血などをおこして危険な経過をとることもある。なお、保菌者に対しても前記の化学療法薬の大量長期内服が有効であるが、胆石の保有者は外科的に保菌病巣の胆嚢(たんのう)切除術を必要とすることもある。

[柳下徳雄]

感染と予防

腸チフス菌は患者や保菌者の糞便中に排出され、食物や飲料水に混入したり、手指に付着して経口感染する。予防には、患者や保菌者を発見し、都道府県知事が指定した感染症指定医療機関に入院させ確実に治療する。また患者のいた場所や使用した便所、衣類、物品などを消毒する。予防注射(腸チフスパラチフス混合ワクチン)も有効とされるが、国内では患者の発生もまれなため、定期的な実施は中止され、東南アジアなどの海外旅行の際に必要に応じて受けることになっている。

 なお、似た病名の疾患にパラチフスと発疹(はっしん)チフスがある。パラチフスparatyphoid feverは腸チフスに類似した軽症の疾患であるが、発疹チフスはまったく異なり、シラミによって媒介される発疹チフスリケッチアの感染による疾患である。

[柳下徳雄]

パラチフス

腸チフス菌と同じサルモネラ菌属に属するパラチフス菌による消化器系の急性伝染病で、好発年齢、流行季節、感染型式などは腸チフスと同様である。

 パラチフスは、パラチフス菌の種類により、パラチフスA、B、C、Kの4種に分けられる。多くはAかBで、Cは欧米で多少みられるが日本ではきわめてまれであり、Kもまれである。パラチフスAは軽症の腸チフスと同じ経過をとることがほとんどで、胃腸型をとることはまれであり、感染症予防・医療法では3類感染症に分類される。パラチフスA以外はサルモネラ症として取り扱われる。パラチフスBは腸チフス型か急性胃腸炎型か、いずれかの病像を呈する。急性胃腸炎型の場合は嘔吐(おうと)、腹痛、下痢などがみられ、食中毒に準じた手当てをする。そのほか、腸チフスとほぼ同様である。予後は腸チフスに比べて良好で、パラチフスBはパラチフスAよりも予後がよい。

[柳下徳雄]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「腸チフス」の意味・わかりやすい解説

腸チフス
ちょうチフス
typhoid fever

チフス菌による感染症。旧伝染病予防法法定伝染病の一つで,今日では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で 3類感染症に分類される。食物や水を介して経口感染し,腸粘膜を通って,主として回腸集合リンパ小節で増殖する。その後,胸管から血液に入り菌血症を起こす。潜伏期は約 1~2週間,強い無力感などの前駆症状のあと高熱が出て,特有の熱型を示す。階段形の上昇期,第2~3週まで高熱が持続する極期,第4週の下降期,回復期の経過をとる。脾腫白血球減少症のほか,ウィダール反応と便中の菌で診断が確定する。近年は著しく減少し,国内感染と国外感染を合わせた年間の感染報告数は数十ほどとなっている。

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