改訂新版 世界大百科事典 「サンジェルマン伯」の意味・わかりやすい解説
サン・ジェルマン伯 (サンジェルマンはく)
Comte de Saint-Germain
生没年:1707ころ-84
今日なお謎につつまれている18世紀の伝説的人物。本名不詳。ユダヤ系ポルトガル人,一説にはスペイン国王カルロス2世未亡人の子ともいわれる。1750年ごろからほぼ10年間,おもにフランスでその名が広く知られていたことだけは確かで,ボルテールやカサノーバらも,この怪人物に言及している。ルイ15世の宮廷に出入りし,ポンパドゥール夫人の信任を得て,当時の社交界に不可思議な足跡を残した。2000年以上生きつづけていると自称し,〈不死の人〉とのうわさが流れていたが,事実,紀元前からのヨーロッパ史上の諸事件の思い出を語り,サロン人士を驚嘆させたらしい。あらゆる言語を解し,あらゆる学問に通じていただけでなく,絵画や音楽の才にも常ならぬものがあったといわれる。錬金術の奥義をきわめ,不老不死の妙薬を常用していたとか,汽車や汽船の発明を予言していたとか,あるいはヨーロッパ各国の宮廷をまたにかけるスパイだったとか,怪しげな風説は枚挙にいとまがない。いずれにしてもペテン師と紙一重の万能知識人で,カリオストロと並ぶ18世紀的トリックスターでもあったのだろう。フリーメーソンなど当時のオカルティズム諸派と密接なかかわりをもっていたことは事実のようで,19世紀後半にインドで彼に会ったと主張するブラバツキー夫人をはじめ,後世の神秘家たちの著述にしばしばその名が引かれる。ドイツ北部,シュレスウィヒで没したとされる。
執筆者:巌谷 国士
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報