改訂新版 世界大百科事典 「サンヒター」の意味・わかりやすい解説
サンヒター
Saṃhitā
インド,バラモン教の聖典ベーダを構成する4部門(サンヒター,ブラーフマナ,アーラニヤカ,ウパニシャッド)の一つ。マントラmantraすなわち祭式の中でとなえられる賛歌,歌詠,祭詞,呪文を集大成した文献群をさし,日本では通例〈本集〉と訳している。《リグ・ベーダ》は賛歌を,《サーマ・ベーダ》は歌詠を,《ヤジュル・ベーダ》は祭詞を,《アタルバ・ベーダ》は呪文を集成したそれぞれの〈サンヒター〉を有し,各ベーダの中核的部分としている。ただし,たとえば《リグ・ベーダ》には《リグ・ベーダ・サンヒター》という単一の文献が存在するわけではなく,ベーダを伝承する学派の分裂に伴い異なった伝本が伝えられるようになり,各ベーダとも何種類かの異なるサンヒターを含んでいる。サンヒターはブラーフマナ以下の3部門に比べて成立年代も古く,宗教上でもベーダの根本とされる。このため,たとえば単に《リグ・ベーダ》などというときは,各ベーダのサンヒターを指すことが多い。成立年代はいまだ明確に決定されていないが,最も古い《リグ・ベーダ》のサンヒターでおよそ前1200年前後とみなされる。長い期間にわたりもっぱら口伝によって伝承されたが,今日まできわめて正確に保存されており,古代インドの宗教を知るうえで不可欠の基礎資料である。また,古典期のサンスクリット語よりさらに古い形をしめす,いわゆるベーダ語の最古層を含み,言語研究の上からもきわめて重要である。なお,後世になると医学書の《チャラカ・サンヒター》,天文学書の《ブリハト・サンヒター》など,一般の学術文献の名称にもサンヒターの語を付したものが多い。また,ビシュヌ神を信奉するヒンドゥー教の一派パーンチャラートラ派の聖典もサンヒターと呼ばれる。
→ベーダ
執筆者:吉岡 司郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報