改訂新版 世界大百科事典 「ジャンノーネ」の意味・わかりやすい解説
ジャンノーネ
Pietro Giannone
生没年:1676-1748
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… スペイン継承戦争が始まるとナポリ王国はオーストリアの支配下に入ったが(1707),ポーランド継承戦争の結果,スペイン王フェリペ5世(ブルボン家)の子カルロ7世がナポリおよびシチリア王に即位(1734),トスカナの法律家タヌッチBernardo Tanucci(1689‐1782)を宰相に起用して啓蒙主義的な政策を行った。カルロ7世がスペイン王(カルロス3世)に即位(1759)した後を継いだフェルディナンド4世Ferdinando IVの時代には,同じくタヌッチの指導下でP.ジャンノーネの政治思想やA.ジェノベーゼの経済思想の影響を受けた政策が実行された。それは反貴族・反教権的な指向をもち,1768年にはイエズス会士の追放が行われた。…
※「ジャンノーネ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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