改訂新版 世界大百科事典 「テモテへの手紙」の意味・わかりやすい解説
テモテへの手紙 (テモテへのてがみ)
Letters to Timothy
新約聖書中《牧会書簡》と呼ばれる手紙群に属し,第1と第2の二つの手紙からなる。ともにパウロから彼の愛弟子であるテモテにあてて書かれた個人的な手紙の体裁をとっているが,パウロにない用語法や文体,思想,さらに背後に予想されるのちの教会の状況などからして,真正のパウロの手紙とは考えられず,多くの学者は2世紀初めの成立と考えている。パウロの真正の手紙の持つ信仰義認論にもとづくダイナミズムはまったく失われて,道徳的・倫理的教訓に満ちており,グノーシス的異端を視野に入れつつ〈健全な教え〉が強調される。またそこに反映されている教会の組織制度も,パウロの時代と比較すると大きく発展させられており,いわゆる〈初期カトリシズム〉への移行の萌芽が見いだされる。《テトスへの手紙》とともに《牧会書簡》と呼ばれるだけに,今日も真正のパウロの手紙として牧会者によって好んで用いられる傾向があるが,キリスト教の平板な倫理化を助長する危険があるように思われる。
執筆者:青野 太潮
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報