ギリシアの哲学者。トラキア地方のアブデラ生れ。原子論哲学の完成者。ディオゲネス・ラエルティオスの記録した著作目録によると,彼の著作は原子論の基本理論,宇宙論,天文学,地理学,生理学,医学,感覚論,知識論,数学,磁気学,植物学,音楽理論,言語学,倫理学,農業,絵画,その他の領域をおおっていた。また,彼はその著《ミクロス・ディアコスモス》の中で,この書ができたのは〈トロイアの陥落後730年目〉に当たると報告していた(断片5)。現在の学者の計算ではデモクリトスの測定したトロイア陥落の時期は前1135年になるが,これは現在の古代学が推定している時期とそう大きな開きはなく,彼は年代測定学にも通じていたと思われる。彼はアリストテレスにも匹敵すべき学問の世界のオールラウンド・プレーヤーであった。古人の伝えによると彼のニックネームは〈知恵Sophia〉であり,また人々が空しい業(わざ)にいそしむ姿をつねに笑ったので,〈笑い人Gelasinos〉とも呼ばれたと伝えられる。だがその著作はすべて散逸し,現在は断片を残すのみである。
彼の原子論は基本的にはレウキッポスの説とかわらない。不生不滅の極微のアトムは無数に存在するが,そのためにはアトム相互の間を区切る〈ケノンkenon(空虚)〉がどうしても存在しなければならないことになる。彼はこの〈ケノン〉を〈ウーデンouden(無)〉と呼びあらため,この語から最初のシラブル〈ウーou=not〉を取り除いた〈デンden(有,有るもの)〉という語を造語して,それをアトムの新しい呼び名として主張した。〈無は有と同様に存在する〉(断片156)。この断片は〈ケノン〉の存在を鮮明に印象づけようとする言葉だが,新造語の案出ということも天才の一つのしるしであろう。また倫理学関係の断片は意外に多く残されているが,彼はソクラテスのように〈魂(プシュケー)〉を重視し,〈快活〉を人間の幸福と説いている。
執筆者:斎藤 忍随
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古代ギリシアの哲学者。トラキア海沿岸の町アブデラに生まれる。レウキッポスの弟子と伝えられる代表的な原子論者。倫理学、自然学、数学、音楽、技術に関する膨大な著作が彼に帰せられているが、残っているのは断片ばかりである。万物のもとのもの(アルケー)は不生・不滅・不変のアトム(アトモスあるいはアトモン。分割できないもの)である。これは数において無限であるが、形態(たとえばAとN)と位置(HとH)によって互いに異なっていて、空虚(空間)のなかを運動しており、その離合集散によって万物が生成したり消滅したりする。したがって、「慣(なら)わしによって色、慣わしによって甘さ、慣わしによって苦さ。だが、実のところはアトムと空虚」である、と説いている。魂は一種の火であって、球形のアトムからなっており、肉体と同様に死滅するとか、感覚は、感覚されるものから放散される感覚されるものに似た像(エイドーラ)が、感覚するものの感覚器官に接触しておこるとも説いていたらしい。また、享楽の節度と生活の均衡によって得られる「心地よさ」(エウテューミエー)を倫理的な理想としたが、「笑うひと」(ゲラシーノス)というあだ名が与えられたのはこのためであろう。彼にはほかに「智」(ソフィアー)というあだ名も贈られていて、後代に与えた影響は著しい。
[鈴木幹也]
『山本光雄訳・編『初期ギリシア哲学者断片集』(1958・岩波書店)』
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前460頃~前370頃
原子論的唯物論を確立したギリシアの哲学者。真に存在するのは目に見えぬ不可分の極微の物質「原子」と,多数の原子の置かれる場としての「空虚」だけで,原子の結合・分離の運動によって個々のものが生じたり滅したりする。人間の魂も火的な原子からできており,それを平静に保持すれば,静かな快が得られ,それが倫理的理想である,と考えた。
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…アリストテレスの時代になると,コスモスの解釈学にはいくつかの流れが読み取れるようになる。原理的には無限の空虚な空間の中をさまざまな原子が運動するという宇宙イメージを立てたデモクリトス,ノモスnomos(法)の概念を媒介に,人間の倫理をも自然の合理的秩序の中に含ませつつ,独特の宇宙論(そしてギリシア哲学においては数少ない宇宙開闢説)を展開するプラトン,おそらくはデモクリトスを最大の論敵として仮想しつつみずからの宇宙論構築の道をたどったアリストテレスを,そうした流れの中心に見ることができる。 コスモスの編成原理としてどのようなものを立てるにせよ,ごくまれな例外を除いて,そうした秩序の及ぶ範囲は有限となるのがふつうである。…
…エンペドクレスやアナクサゴラスは,それぞれ,パルメニデスの〈存在〉と同様にそれ自身不変で自同的ではあるが,しかし互いに性質を異にする〈万物の四つの根〉(地,水,空気,火)や無数の〈万物の種子〉を認め,これらの離合集散によって,すべての生成変化を説明しようとした。これに対しデモクリトスは無数の質を同じくする不変な〈原子(アトム)〉が互いに形態や配置や位置を異にし,〈空虚〉のなかを運動して結合分離することにより森羅万象が生ずるとした。このデモクリトスの原子論はイオニアの自然学のもっとも徹底した姿を示している。…
…ここで気がつくことは前6世紀,〈水〉という一者から始まったギリシア哲学が,ほぼ1000年後に少なくとも形式的には,同じ一者に帰ったという事態であり,この点にギリシア哲学全体の一つの特徴を理解する鍵があるように思われる。 たしかにタレスの〈水〉やアナクシマンドロスの〈ト・アペイロンto apeiron〉,アナクシメネスの〈空気〉を中心にした単純な一元論の哲学と,例えばエンペドクレスやアナクサゴラスの多元論,あるいはデモクリトスの原子論との間には大きな差異があるように見える。けれどもエンペドクレスの四元素の始原の状態,すなわち宇宙の第1期における状態は混然一体をなした,字義どおりの一者であったし,つづく時期に生ずる個々のものもいずれはもとの一者の状態に帰るしかけになっている。…
…もちろん,このとらえ方自体,ある程度西欧的な哲学の伝統によりかかっており,例えば日本語における〈間(ま)〉は,明らかに時間と空間の双方を含んだ概念であるが,もともと〈時間〉とか〈空間〉という日本語がそうした西欧的背景のなかで用いられる習慣がある以上,ここでもさしあたって西欧的な概念史を問題にする。
【西欧的空間概念の系譜】
古代ギリシア文化圏で注目すべき空間論はデモクリトス,それにプラトン,アリストテレスに見いだせよう。デモクリトスにおいては,空間は,完全な〈空虚mēon〉(すなわちいっさいの存在の否定)としてとらえられ,それはまた,存在としての原子(アトム)が運動するための余地であるとみなされた。…
…しかし以下のような,ギリシア=ヨーロッパの原子論(アトミズム)の伝統のもつもう一つの論理的特徴はもたないと考えられる。ギリシア原子論ではレウキッポスとデモクリトスという二人の名が結び付けられる。物質が〈粒子〉から成るとする考え方は,むしろギリシアに一般的であるが,デモクリトスの完成したといわれる原子論は次の基本的な特徴を備えている。…
…そして前5世紀のエンペドクレスは,火・空気・水・土の四元素=四大説を唱えるに至った。もっともデモクリトスのアトムatom論にみられるような原子論も展開された。しかし四元素の考えが,プラトン,アリストテレスという両哲学者により,世界構築の素材要因として受け入れられたことから,元素論は四元素という形で後世に受け継がれた。…
…訳語は明治30年代からのもので,40年代には定着し,ほかに〈複元論〉とも訳された。 一と多との対立はピタゴラス学派,クセノファネス,パルメニデスとヘラクレイトスとの対立に起源するが,多元論者の代表は哲学史上,古代では,世界を構成する地・水・火・空気の四根rizōmataの愛・憎による結合・分離を説くエンペドクレス,無数の種子spermataを精神nousが支配して濃淡・湿乾などが生じ世界を成すとするアナクサゴラス,形・大きさ・位置のみ差のある不生不滅で限りなく多数の原子atomaが,空虚kenonの中で機械的に運動して世界が生じるとするデモクリトス,さらにはエピクロスなどを挙げることができる。近世では,表象能力と欲求能力とを備えて無意識的な状態から明確な統覚を有する状態まで無数の段階を成すモナドを説くライプニッツ,近代ではその影響下にあって経験の根底に多数の実在を認め心もその一つとするJ.F.ヘルバルト,真の現実界は物質界を現象として意識する自由で個体的な多数の精神的単子から成ると説くH.ロッツェなどである。…
…なぜなら,空間は,物質を容れる器のごとく,物質の存在を可能にするのに必須なものではあり,しかもそれ自体としては,人間の感覚によって覚知されるものとはならないからである。 こうした近代主義的立場に立って眺めてみると,古代においてこうした物質観に最も近いのはデモクリトスの原子論である。デモクリトスの原子論では,原子は感覚的性質をもたずに,容器としての空間のなかにあって,ひたすら運動をしていると考えられている。…
…しかしいわゆる錬金術文献上にはっきりした形で登場する最初の錬金術師は,上述のゾシモスである。錬金術の一種の〈技術百科事典〉というべき著作を書いた彼の証言によると,すでにより古い著作家たち,いわゆる〈偽デモクリトス〉やユダヤ婦人マリアなどの錬金術師像が浮かび上がり,例えば偽デモクリトスの錬金術書が前3世紀ごろに書かれたものと考えられることからすると,いわゆる〈初期ギリシア錬金術師たち〉は,前3世紀から後7世紀にかけてギリシア語で著作した人たちだったことがわかる。 彼らの金属変成の理論は,物質変成の理論を唱えるデモクリトス(前5世紀)の原子論や,アリストテレス(前4世紀)の元素観から採られたものである。…
※「デモクリトス」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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