トラキア(読み)とらきあ(英語表記)Thracia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「トラキア」の意味・わかりやすい解説

トラキア
Thracia; Thrakē

現代ギリシア語ではスラキ。バルカン半島南東部の古代および現代の地域名。範囲は時代により異なるが,古代ギリシア人のトラケーは北はドナウ川,南はエーゲ海,東は黒海とマルマラ海,西はほぼバルダル川東岸の山地までであった。ローマ属州としてのトラキアはこれよりやや小さく,北は現ブルガリアバルカン山脈,西はネストス川までにすぎなかった。西部特にストリモン川以西は前 480年以降マケドニアに編入された。現代のトラキアは,ブルガリア南部,ギリシアのスラキ地方およびゲリボル半島を含むトルコのヨーロッパ部分に相当する。インド=ヨーロッパ語族に属するトラキア人は優秀な戦士であったが,政治的に分裂し続けていたため近隣諸国を侵すことはなかった。ギリシア人植民都市が沿岸部に発達したが,特にビザンチオンアブデラアイノスが有名。黒海のブルガス湾岸には,イオニアのミレトス人によってアポロニア (前7世紀) が,またビチュニアのカルケドン人によってメセンブリア (前6世紀) が建設された。前 516年頃には大部分のトラキア人はペルシアに服属,一時オドリュサイ族が帝国を築いたが,前 360年に3つに分裂してマケドニアのフィリッポス2世に吸収された。前 197年ローマは大部分をペルガモン王国併合。ヘブロス川以西の海岸部はローマのマケドニア属州に編入された。 46年王国はローマに併合され,サルディカ (現ソフィア) ,ハドリアノポリス (現エディルネ) などのローマ都市が建設された。 300年頃ディオクレチアヌス帝はドナウ川下流からエーゲ海にいたる部分を,トラキア行政区として再編した。1~7世紀には西ゴート人とスラブ族侵入し,7世紀にはブルガリア国家が建設されて,ビザンチン帝国はバルカン山脈以北を失った。 14世紀には帝国の内乱のためトラキアは分断され,1453年オスマン・トルコ人の4世紀にわたる支配に服することとなった。その後 19世紀の露土戦争,1912~13年のバルカン戦争抗争の場となり,第1次世界大戦後ギリシア,ブルガリア,トルコの国境がほぼ現行のごとく画定した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「トラキア」の意味・わかりやすい解説

トラキア
とらきあ
Thracia

バルカン半島東部の地方。「トラキア」は古名で、現代ギリシア語名はトラーキThraki (Thrake)。トラキアの範囲は時代によって非常に異なる。古代ギリシア時代では、西側はマケドニアに接し、東は黒海の西岸とマルマラ海の北西部、南は沿岸部を除いたエーゲ海に囲まれた地域をさした。現代では古代のそれよりいくぶん南側の地域をさし、マリーツァ川(古名ヘブロス川)を境にして、西側のギリシア領を西トラキア、東側のトルコ領を東トラキアとよんでいる。

 古くからインド・ヨーロッパ語族のトラキア人が居住していたが、彼らは好戦的で野蛮な民族としてギリシア古典期に知られた。初期の歴史は不詳で、沿岸各地に紀元前8世紀ごろよりビザンティオン(現イスタンブール)など幾多のギリシア人植民市が設立されると、ギリシア人を通して彼らの実態が知られるようになった。彼らの宗教は原始的で、人身御供(ひとみごくう)や動物崇拝、来世信仰が行われており、神々としてはベンディスやディオニソスの崇拝がとくに有名である。前6世紀以後何度かペルシアの侵入を受けたが、ペルシア戦争後はオドリサイ人のテーレース王のもとにトラキア人のほとんどが統一された。彼の息子シータルケースはギリシアでも有名であった。前2世紀から漸次ローマの支配下に入り、当初、自治を保持していたが、紀元後1世紀にはローマの属州となった。古代末期にゴート人やフン人が、中世にはブルガリア人が侵入し、15世紀トルコのコンスタンティノープル(現イスタンブール)制圧後は、完全にトルコ領となった。その後、19世紀のロシア・トルコ戦争、20世紀初めのバルカン戦争、そして第一次世界大戦と幾多の戦争を通じて列強の利害の衝突地ならびに国民主義の舞台として重要な地域であったが、1923年以後、ギリシア、トルコ、ブルガリアの3国に分割され、今日に至っている。

[真下英信]

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