改訂新版 世界大百科事典 「ナグハマディ」の意味・わかりやすい解説
ナグ・ハマディ
Nag Hammadi
エジプト,ナイル川上流の都市ルクソールから約100kmさかのぼった河畔にある町。アラビア語ではナグー・ハンマーディーNaj` Ḥammādī。この町の付近から1945年に一農夫によって発見され,最近ようやく本文のファクシミリ版が完結した,いわゆる〈ナグ・ハマディ文書〉によって有名となる。この文書は現在,カイロのコプト博物館に保存されている。後3~4世紀に写筆された13のコプト語パピルス・コデックス(古写本。以下のCod.はその略号)から成り,少なくとも52の文書を含む。その大半はグノーシス文書であるが,グノーシスとは必ずしも関係のないキリスト教文書とくに新約聖書外典(Cod.Ⅵ 1,Ⅶ 4),ヘレニズム時代の格言集(Cod.ⅩⅡ 1),さらにはプラトン《国家》の一部コプト語訳(Cod.Ⅵ 5)も含まれている。各文書の表題は次の通り。
Cod.Ⅰ 1.使徒パウロの祈り。2.ヤコブのアポクリュフォン。3.真理の福音。4.復活に関する教え。5.三部の教え。Cod.Ⅱ 1.ヨハネのアポクリュフォン。2.トマスによる福音書。3.ピリポによる福音書。4.アルコンの本質。5.この世の起源について。6.魂の解明。7.闘技者トマスの書。Cod.Ⅲ 1.ヨハネのアポクリュフォン。2.エジプト人の福音書。3.聖なるエウグノストス。4.イエス・キリストの知恵。5.救い主の対話。Cod.Ⅳ 1.ヨハネのアポクリュフォン。2.エジプト人の福音書。Cod.Ⅴ 1.聖なるエウグノストス。2.パウロの黙示録。3.ヤコブの第1の黙示録。4.ヤコブの第2の黙示録。5.アダムの黙示録。Cod.Ⅵ 1.ペテロと十二使徒の行伝。2.雷・全きヌース。3.真正な教え。4.われらの大いなる力の概念。5.プラトン《国家》(558B~559B)。6.オグドアスとエンネアスについて。7.唱えられた感謝の祈り。8.アスクレピウス(21~29)。Cod.Ⅶ 1.セームの釈義。2.大いなるセツの第2の教え。3.ペテロの黙示録。4.シルウァヌスの教え。5.セツの三つの柱。Cod.Ⅷ 1.ツォストリアヌス。2.ピリポに送ったペテロの手紙。Cod.Ⅸ 1.メルキゼデク。2.ノレアの思い。3.真理の証言。Cod.Ⅹ 1.マルサネス。Cod.ⅩⅠ 1.グノーシスの解釈。2.ウァレンティヌス派の解明。3.アロゲネス。4.ヒュプシフロネ。Cod.ⅩⅡ 1.セクストスの金言。2.真理の福音(の一部)。3.断片。Cod.ⅩⅢ 1.三体のプテンノイア。2.この世の起源について(の一部)。
前述した四つの文書と断片のため文意をとりがたいCod.ⅩⅡ 3を除いた他の47の文書は,すべてグノーシス文書である。これらのうち,Cod.Ⅵ 6,7,8はヘルメス文書,Cod.Ⅶ 1,Ⅷ 1,Ⅹ 1,ⅩⅠ 3,4はキリスト教と関係のないグノーシス文書,他はいずれもキリスト教グノーシス文書に当たる。従来グノーシス原資料が乏しく,グノーシス思想は主として教父たちによる反異端文学から間接的に復元されていた。したがってナグ・ハマディ文書の発見は,グノーシス思想の研究に,また初期キリスト教における正統(初期カトリシズム)と異端(グノーシス派)との関係の解明に,最も重要な原資料を提供することとなったのである。
→グノーシス主義
執筆者:荒井 献
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報