ナロード(その他表記)narod

改訂新版 世界大百科事典 「ナロード」の意味・わかりやすい解説

ナロード
narod

国民,民族,民衆などを意味するロシア語。ロードrod(〈生れ〉の意)を語根としているだけに,血縁的な集団のニュアンスが強い。ロシアのナロードの特徴的性格を初めてイデオロギーの領域にとりこもうとしたのは,19世紀の30~40年代に文部大臣の職にあったウバーロフで,彼はロシア正教専制政治ならびに国民性の三位一体をもってニコライ1世治下の教育政策の指導理念とした。この考え方には先進の西欧諸国民に対するロシア人の同等性,むしろ独自の優越性を誇示する自負がこめられており,一部のスラブ派パン・スラブ主義者たちに受け継がれた。一方,社会主義の立場に立つゲルツェンは,民衆とりわけ農民をナロードとしてとらえ,彼らが保持していた共同体的伝統を基盤にロシアの社会主義化をすすめるべきであると主張した。彼は1848年革命を亡命先で体験し,西欧文明のあり方に絶望した結果,この考えに到達したのである。19世紀の中ごろにとくに顕著になった資本主義的傾向に対抗して,チェルヌイシェフスキーもまた農村共同体に期待をかける革命理論を唱えた。

 このような思想の影響のもとに生まれたのが1870年代の〈人民の中へ〉の運動であり,その参加者たちはナロードニキと呼ばれた。この運動のばねとなったのは,長年にわたって民衆を抑圧してきたことに対する貴族階級の深い悔悟の念であった。ナロードニキの啓蒙活動や宣伝工作は農民の受け入れるところとならず,結局挫折した。そして農民に代わって都市のプロレタリアート労働者の中に革命の担い手を求めたマルクス主義者が革命運動の主導権をにぎっていく。彼らはナロードニキをプチ・ブルジョアの代弁者と規定するとともに,支持を求めるべき対象としてナロードという多義的な用語よりも〈大衆〉あるいは〈ナロード大衆〉という表現を好んで用いた。19世紀のロシア思想史はナロードをめぐる諸党派の闘争の歴史であった。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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