日本大百科全書(ニッポニカ) 「バイバルス物語」の意味・わかりやすい解説
バイバルス物語
ばいばるすものがたり
Sīrat Baybars
アラビア語の英雄物語。中世イスラム世界の豪傑として知られるバイバルス1世(1223―77)を主人公とする。エジプトやシリアに伝えられる『バイバルス物語』(バイバルスの名ザーヒルをとって『アッ・シーラ・アッ・ザーヒリーヤ』、あるいは単に『アッ・ザーヒル』とよばれる)は作者や成立年代を特定できないが、14、5世紀ごろにエジプトでつくられたと推定される。民間の講釈師(ムハッダスあるいはラーウィー)によって語り継がれた際、内容に種々の改変が行われた。その内容は、バイバルスの生涯と業績をおもしろおかしく語ったもので、全部を語れば数夜に及ぶ長編である(エジプト版写本では全六巻10章の例がある)。刊本はごく少なく、校訂版はいまなおつくられていない。同種のものに『アンタル物語』『アブー・ザイド物語』『ヒラール部族物語』などがあり、講釈師を通じて中世・近世のアラブ庶民を楽しませていた。
[矢島文夫]