ファンデフェルデ

改訂新版 世界大百科事典 「ファンデフェルデ」の意味・わかりやすい解説

ファン・デ・フェルデ
van de Velde

オランダの画家父子。ウィレム(父)Willem Ⅰ van de Velde(1614ころ-93)はライデン生れ。白亜の地塗りを施した板やキャンバスにペンで船舶細部までをきわめて精緻に描写した独特の単色画(グリザイユ)で知られ,1673年同名の息子のウィレムWillem Ⅱ van de Ⅴ.(1633-1707)と一緒にイギリスに移住し,共にチャールズ2世,次いでジェームズ2世の宮廷画家となった。ライデンで生まれ,父とデ・フリーヘルS.de Vliegelに師事したウィレム(子)はオランダ17世紀最大の海景画家で,とりわけ祝典的な晴れやかさを示す静穏な海上の大型艦船の描写を得意とし,イギリスでの活躍が長かったこともあって18~19世紀の同国の海景画家に多大な影響を及ぼした。その弟アドリアーンAdriaen van de Ⅴ.(1636-72)は風景画家であるが,彼の作品ではしばしば動物や人間の存在が大きな比重を占めている。アムステルダムに生まれ,同地で没した。
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百科事典マイペディア 「ファンデフェルデ」の意味・わかりやすい解説

ファン・デ・フェルデ

オランダの婦人科医,性研究家。バン・デ・ベルデとも表記。オランダ北部レーワルデン生れ。1913年からアムステルダム近郊ハールレムで婦人科病院長を務め,1918年からチューリヒで婦人科病院の代理院長になった。古い性道徳に縛られて結婚生活に問題を抱えている患者を治療するかたわら,結婚の生理学的・心理学的研究を行い,《完全なる結婚――その生理と技巧の研究》(1926年)をはじめ,《結婚生活における嫌悪》《結婚生活におけるエロス》《結婚における妊娠とその望ましい影響》などを著した。《完全なる結婚》は各国語に翻訳され,日本でも1930年に抄訳本が出されたが発禁処分になる。1946年全訳本が出版され,タブー視されがちだった夫婦の性生活の重要性を説いたものとして広範な読者を得た。その後同種の性科学書が相次いで出版された。

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