日本大百科全書(ニッポニカ) 「プナン」の意味・わかりやすい解説
プナン
ぷなん
Punan
ボルネオ島のダヤク諸民族のうち、内陸奥地の森林に住み採集狩猟を主生業とする人々の総称。サラワク州の採集狩猟民(通常Penanと表記)だけをさすこともある。総人口は推定1万2000(1990)。隣接農耕民と人種的に大差はなく、多様な使用言語もすべて西オーストロネシア諸語に分類される点で農耕民と変わらない。言語を共通にする人々が、記憶された由来の地にちなんで自称名を用いており、かつてはこのような民族集団が島の広域でそれぞれのテリトリーを緩やかに保有していたが、全体行動をとることはなかったようだ。
プナンの生活行動単位は、ある核家族を中心とし、その周りにいくつかの核家族や個人が血縁・姻戚(いんせき)・知人関係を通じ集まってできた25名から50名程の規模のバンド(キャンプ集団)からなる。彼らはその民族集団のテリトリー内で、あるキャンプ地周辺の野生サゴヤシ(主食)がなくなると別のキャンプ地に移動することを、頻繁に繰り返す。サゴ伐木から幹のデンプン抽出まではバンド共同で行い、デンプンはバンドで分かち合う。吹き矢や槍(やり)を用いる狩猟についても、だれが得た獲物でもバンドで分配する。簡素な雨風よけでの寝食のみが家族ごとである。バンド内婚が多いが、バンドの分裂や融合もまれではない。
以上のような伝統的自給生活は、この一千年のなかで緩やかに、そして過去数世紀には急速に、変容してきた。隣接農耕民から鉄と猟犬がもたらされ、鉄斧(おの)や正確な吹き矢の使用が始まり、自給用の採集狩猟に要する時間が減少した。隣接農耕民は、海域市場からの需要が増した森林産品(籐(とう)、樹脂類、犀鳥(さいちょう)、犀の角、動物胃石など)の採集狩猟をプナンに求め、これと引き換えに鉄・塩・衣類・ビーズ・タバコ・銅鑼(どら)・壺(つぼ)(今日では時計やラジオ)を与え、大きな利益を得るようになった。強力な権力をもつ農耕民の首長は、さまざまな政治的方策を用いて、多数のプナン・バンドの属民化と交易独占を企てた。多くのプナンは交易利得を放棄できず、属民的地位を避けようとしながらも、しだいに特定農耕民との関係を深め、さまざまな文化的影響を受けるようになり、農耕技術を習得していく。かくして今日では大半のプナンが、自給用の採集狩猟・農耕と交易用の採集狩猟を混合させた生業形態をとり、拠点村落をもつようになった。また、関係の深い農耕民との通婚を伴う文化的同化が進行し、やがてその農耕民と近縁化したり区別されなくなるケースも多い。この長い歴史のなかで、そして最近の森林伐採の影響下にあって、自給的採集狩猟民としてのプナンはまもなく消滅することだろう。
[津上 誠]