ヘールトヘントートシントヤンス(その他表記)Geertgen tot Sint Jans

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ヘールトヘン・トート・シント・ヤンス
Geertgen tot Sint Jans

ハールレムで活動した15世紀後半のオランダ(北ネーデルラント)の代表的画家。ファン・マンデルの《画家の書》(1604)によれば,ハールレム画派の始祖ファン・アウワーテルA.van Ouwaterに学び,助修士として聖ヨハネ(シント・ヤンス)騎士団の修道院で活動し28歳で夭折したとされているが,生没年や生涯の詳細は不明。その風景描写は次代の北方画家たちに大きな影響を及ぼした。オランダで特異な発展を遂げる集団肖像画の出発点ともみなせる《聖ヨハネの遺骨の焼却》(ウィーン美術史美術館)が代表作。
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関連語 高橋

百科事典マイペディア の解説

ヘールトヘン・トート・シント・ヤンス

ネーデルラントの画家。ライデンに生まれ,ハールレムで活動。初期ネーデルラント絵画の重要な画家で,人物,風景を優雅に描写した。代表作に聖ヨハネ騎士団礼拝堂のための祭壇画があるが,現在では右翼のみが残されている(ウィーン,美術史美術館蔵)。《荒野の洗礼者ヨハネ》(1490年頃,ベルリン国立絵画館蔵)などがある。

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