マッテイ(読み)まってい(英語表記)Enrico Mattei

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マッテイ」の意味・わかりやすい解説

マッテイ
まってい
Enrico Mattei
(1906―1962)

イタリアの実業家。国営持株会社炭化水素公社」(エニ=ENI)初代総裁。イタリア北部の寒村に生まれ、自力向上のすえ30歳で化学会社を設立、第二次世界大戦中レジスタンス闘士として活躍した。こうした経験から民族意識が強く、戦後、ポー川流域の大ガス田発見を契機とする事業主体のあり方をめぐっては、民間資本だけでなく国際石油資本をも排除した公共事業とすることを主張し、1953年、かつて清算を命じられていた国策会社、AGIPを中心に、国家による持株会社、持株子会社、事業会社という三層よりなる公共企業体、エニを創設し、初代総裁に納まった。その後エネルギー産業の自立を目ざし、イラン石油採掘権の取得や当時のソ連石油の輸入など国際石油資本に公然と敵対する活動を続けながらエニの基礎を確立したが、62年10月、自家用機の墜落により謎(なぞ)の死を遂げた。

[小林袈裟治]

『ヴォトー著、伊沢久昭訳『国際石油資本への挑戦者 マッティ』(1969・河出書房新社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マッテイ」の意味・わかりやすい解説

マッテイ
Mattei, Enrico

[生]1906.4.29. アックアラーニャ
[没]1962.10.27. バスカペ
イタリアの石油事業家。第2次世界大戦の前にミラノで化学会社を設立。戦中は北イタリアにおいてレジスタンスの指導者として活躍し,1945年キリスト教民主党党員となった。戦後,国営石油会社アジップ Agipの清算を命じられたが,北イタリアのポー川流域で資源の探査を進め,天然ガス田の開発に成功した。1953年,イタリア第2の国家持株会社エニ Eniの設立に際して総裁に就任。イタリアの民族石油資本の指導者として,従来の慣例より産油国側に有利な条件を提示してエジプト,イランと石油資源開発の交渉を進めるなど国際石油資本に対抗し,またソビエト連邦からの石油輸入の道を開いた。自家用機での移動中,謎の墜落死を遂げた。

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