日本大百科全書(ニッポニカ) 「マークレイ」の意味・わかりやすい解説
マークレイ
まーくれい
Christian Marclay
(1955― )
アメリカの美術家、音楽家。カリフォルニア州生まれ。スイスのジュネーブで育ち、1977年からボストンのマサチューセッツ美術学校で彫刻を学ぶ。1978年ニューヨークのクーパー・ユニオンで学んだ後、1979年にボストンでターンテーブルでレコードの針をとばした音をリズム・セクションとし、それにギター、歌、録音された音、マンガやポルノ映画からコラージュした映像がループ状に繰り返されるよう編集したフィルムによるパフォーマンスを友人と行った。
ターンテーブルをパフォーマンスに使っていたのがDJだけだった時代に、ダイム・ストア(安雑貨店)や中古レコード屋で見つけたレコードから新しい音や音の組み合わせを引き出し、それと映像との対置によって独特の知覚空間をつくり出した試みは、1980年代のポスト・モダン芸術の台頭のなかで美術とロック・ミュージックを媒介する試みとして評価された。さらに彼の音楽はありきたりな音源から抽象的な音や構造を引き出す前衛的なものだった。レコードの傷や磨滅がつくり出す無意味な音やかすれは、観客にレコードの素材を意識させ、さらに、予測不可能な音の力を体験させるための材料として使われた。
ターンテーブルを使ったパフォーマンスや、サウンドのコラージュが珍しくなくなった後も、マークレイは音楽的工夫を続けた。音楽ライター、デビッド・クラスノーDavid Krasnowは、マークレイはよく知られた曲を斬新に変形させる一方で、作曲家や演奏者の本質を引き出していたと指摘した。ローファイな楽器を使い、過去の流行音楽や騒音など、捨てられたものを素材に新しい音体験を構築するその手法は、1980年代以降の先鋭的音楽に大きな影響を与えた。ジョン・ゾーン、エリオット・シャープElliott Sharp(1951― )、フレッド・フリスFred Frith(1949― )、デビッド・モスDavid Moss(1949― )、クリスチャン・ウォルフChristian Wolff(1934― )、ブッチ・モリスButch Morris(1947―2013)、大友良英(よしひで)(1959― )、アート・リンゼーArto Lindsay(1953― )、ソニック・ユースらとコラボレーションを行い、精力的な演奏活動を続けた。
1987年、ニューヨークのオルタナティブ・スペース(作品を収蔵する美術館でも作品を売る画廊でもない作品発表の空間)P. S. 1コンテンポラリー・アート・センターの別館クロックタワー・ギャラリーの床にLPレコードを敷いた展示以来、レコードやCDを使ったインスタレーションや彫刻を発表。エルサレム美術館の床に1万4000枚のCDを裏返しに敷き詰めたインスタレーション(1992)、ビートルズのすべての曲が録音されたテープを編み込んでクッションカバーにした『ザ・ビートルズ』(1994)など、音楽の物質性を視覚を通して訴えると同時に、自身の音楽的手法の脱構築性を暗示した。
1988年「グループ・マテリアル――政治と選挙」(ディア・アート・センター)、1989年「不思議な魅惑者たち――混沌の兆し」(ニュー・ミュージアム、ニューヨーク)、1990年「壊れた音楽――アーティストのレコード」(ダードギャラリー、ベルリン)、1991年のホイットニー・バイエニアル(ニューヨーク)、1992年にヨーロッパ5か所を巡回した「ポスト・ヒューマン」「ダブルテイク――集合的記憶と現在の芸術」(ヘイワード・ギャラリー、ロンドン)などのテーマ展に参加。1990年代後半も、ロサンゼルス現代美術館、グッゲンハイム美術館、東京オペラシティ・アートギャラリーのグループ展などに参加。2000年ポンピドー・センターの「時、速く」展では、過去につくった彫刻を再構成し設置した。
[松井みどり]
『Gregory SandowArtists Meet at Bowery and Grand (in The Village Voice, 15 March 1983, Village Voice Media, New York)』▽『Roselee Goldberg, Laurie AndersonPerformance; Live Art Since 1960 (1998, Harry N. Abrams, New York)』▽『David KrasnowSpin Doctor (in Art Forum, November 1998, Art Forum, New York)』▽『Thomas LevinIndexically Concrete; The Aesthetic Politics of Christian Marclay's Gramophonia (in Parkett, no. 56, 1999, Parkett Publishers, Zürich/New York)』