リンパ浮腫(読み)りんぱふしゅ(英語表記)lymphedema

日本大百科全書(ニッポニカ) 「リンパ浮腫」の意味・わかりやすい解説

リンパ浮腫
りんぱふしゅ
lymphedema

リンパ液リンパ)の流れが妨げられて、脚や腕などの皮下にリンパ液がたまることで生じるむくみ。「一次性(原発性)リンパ浮腫」と「二次性(続発性)リンパ浮腫」があり、二次性が大多数を占める。

 一次性リンパ浮腫は原因不明のリンパ管形成不全によるもので、先天性のほか、思春期に発症する早発性、35歳以降に発症する遅発性がある。一次性リンパ浮腫のなかでも遅発性は比較的まれであり、緩和ケア期や高齢者によくみられる低タンパク性浮腫や不動性浮腫、肥満に伴う浮腫などはリンパ浮腫(遅発性リンパ浮腫)ではない。

 二次性リンパ浮腫は、乳がんや子宮がんなどの手術に伴うリンパ節切除(リンパ節郭清(かくせい)術)後に発症することが圧倒的に多く、放射線照射などの影響も強く受ける。その他、前立腺(せん)がんや悪性黒色腫の術後、腫瘍(しゅよう)の浸潤、真菌・寄生虫感染およびリンパ管炎、深部静脈血栓症に伴う場合や、悪性腫瘍の経過中に腫瘍自体がリンパ管に直接障害をもたらす悪性リンパ浮腫もある。

 リンパ浮腫は女性に多く、多くは片側性(左右のどちらかの脚または腕などに生じる)であり、両側性の場合も初期、軽度の場合を除いて必ず左右差がある。基本的には患肢(浮腫のある側の腕または脚)の色調変化のない無痛性の腫脹(しゅちょう)であるが、皮膚の緊満感や重圧感、しびれ、静脈うっ滞による皮膚色の変化(青紫色)や炎症を伴うことも少なくない。

[廣田彰男 2017年11月17日]

発症機序

人間の体のおよそ60~70%は水分(体液)であり、大きく細胞内液と細胞外液とに分けられ、その比率は約2:1である。後者は占める割合は少ないが、生体にとって重要な働きをしており、さらに血管内液(血漿(けっしょう))、組織間液およびリンパ液に分けられる。

 リンパ液は次のように生成される。すなわち、心臓から動脈を経て拍出される血液は、太い動脈から徐々に細い動脈を経て、最終的に心臓からもっとも遠い腕や脚の毛細血管に至る。その毛細血管のすきま(生理学的に小孔および大孔とよばれる)からは血液成分の一部が血管外に漏れ出る。これはおもに毛細血管の動脈側で起こり、このなかには水分、ガス、電解質、その他の溶質(小孔を楽に通れるような小さな物質)と少量のタンパク質(小孔を楽には通れない大きな物質)等が含まれている。これらはその付近の組織間隙(かんげき)に至り、細胞に栄養等を与えたあと、毛細血管の静脈側にふたたび入って行くが、一部はリンパ管に入ってリンパ流となり、おのおのの経路を経て静脈へ還流する。このリンパ管内の液をリンパ液(リンパ)とよび、タンパクや脂肪を多く含んでいるが、赤血球は含まず、無色~淡いクリーム色をしている。

 通常、体下部からのすべてのリンパ液は、左腕や左胸部、左頭部からのリンパ液をあわせて胸管(胸腔(きょうくう)内を上行する1本の太いリンパ管)に流れ込み、次いで左内頸(ないけい)静脈と鎖骨下静脈の接合部(首の付け根、左鎖骨のもっとも内側の部分)に注ぎ込む。一方、右腕、右頸部・頭部、右肺のリンパ液は右鎖骨下静脈と右内頸静脈の接合部で太い頸静脈に注ぎ込み、心臓へ戻る。

 ここで、リンパ管といういわば「排水管」がなんらかの理由で機械的に詰まってしまったり、もしくは狭くなったりすると、リンパ流は停滞し、リンパ管に入れなかった水分やタンパクは血管外の皮下組織によどんでしまい、組織間隙中にタンパク濃度の高い体液がたまることになる。これがリンパ浮腫である。タンパクが皮下に貯留するため、皮下組織は徐々に変性し、線維化や脂肪蓄積も加わり皮膚はしだいに硬くなる(皮膚の硬化のため、足の甲の皮膚をつまみ上げにくくなる所見を「シュテンマー・サインStemmer sign」という)。

 乳がんや子宮がんの手術等でリンパ節を切除しても、その周囲には徐々にかわりのリンパ管(側副路(バイパス))が新生されるため、多くの場合浮腫は発症しないが、その働きが不十分であると浮腫(二次性リンパ浮腫)を発症することになる。一次性リンパ浮腫においても、リンパ管機能は完全に障害されているわけではない。したがって、リンパ浮腫の治療は、その側副路や不十分な機能を可能な限り活発化し、浮腫の軽減を目ざすことが基本となる(保存的治療)。

[廣田彰男 2017年11月17日]

診断と評価、合併症

リンパ浮腫は、通常は既往歴(過去の病歴や手術歴)を中心とした問診と身体診察から診断される。リンパ浮腫の評価方法としては、患肢の太さを測る周径測定が一般的であるが、超音波検査や高精度体成分分析装置による評価、CT・MRI検査や、必要に応じてRIリンパ管造影検査などが行われることもある。

 リンパ浮腫に付随して起こりうる症状(合併症)としては、多毛症(患肢に体毛が多く生えてくる)、角化症(皮膚が硬くなり弾力がなくなる)、リンパ小疱(しょうほう)(浮腫患部の皮膚表面に小さな水疱が発生する)、リンパ漏(皮膚からリンパ液が漏れ出す)、接触性皮膚炎(皮膚のかぶれ)、真菌感染、蜂窩織炎(ほうかしきえん)(細菌感染による皮下組織の炎症)や、きわめてまれに悪性化してリンパ管肉腫(リンパ管のがん)を発症することもある。

[廣田彰男 2017年11月17日]

治療(複合的理学療法)

リンパ浮腫の治療の中心は保存的治療(手術などの外科的な処置を行わない内科的治療)であり、リンパ浮腫の保存的治療のスタンダードは、「複合的理学療法 complex physical therapy」として知られている。

 複合的理学療法とは、(1)用手的リンパドレナージ(manual lymph drainage:MLD)、(2)MLD後の圧迫(弾性着衣による患肢周径の維持)、(3)圧迫下の運動(弾性着衣によるリンパ管へのマッサージ効果)、さらに(4)スキンケア(急速な浮腫の増悪(ぞうあく)をまねく蜂窩織炎(ほうかしきえん)などの予防としてのスキンケア)の四つを柱とする治療法である。すなわち、患肢から体幹部への浮腫液の排除が治療の主体であり、その前提として、患肢の挙上(高く上げておくこと)も重要である。

 複合的理学療法は、第1期(集中治療期)と第2期(維持治療期)に分けられる。第1期は基本的には約1か月間入院し、スキンケア、MLD、運動療法と多層包帯法(弾性包帯による圧迫)を行い、可能な限りリンパ浮腫の軽減を図る期間、第2期は外来診療で、患者のセルフケアにより軽減した状態を維持する期間である。しかしながら、近年では比較的リンパ浮腫の存在が知られてきたこともあり、入院加療が必要なほどの重症に至る前に受診する患者が増えてきたことから、第2期から治療を始めることが可能な場合が多い。

(1)用手的リンパドレナージ
 用手的リンパドレナージ(MLD)は、手を使って(用手的)、皮膚表面の浮腫液を順次深部のリンパ系に送り込む方法である。いわゆる「リンパマッサージ」として知られるが、リンパ浮腫におけるマッサージは、優しく皮膚をずらすように行う専門的な手技であり、いわゆる(肩や首をもむような)「マッサージ」とは本質的に異なるため「リンパドレナージ」とよんで区別される。

 術後の脚のリンパ浮腫を例に考えてみると、健康な場合は、リンパ液は鼠径(そけい)リンパ節(脚の付け根のリンパ節)から深部リンパ系(胸管)に入り込むが、リンパ節切除後はこの経路を使えないので、MLDによって、浮腫液(リンパ液)を体側を通って腋窩(えきか)(わきの下)まで誘導し、腋窩リンパ節から深部リンパ系を経て頸静脈角部で静脈へ合流させる経路を使う。この際には、自動車の渋滞を解消するのと同様のイメージで、先頭(流し込みたい部位に近い部分)から動かし始める。すなわち、頸静脈角部からドレナージを始め、深部リンパ系(深呼吸と腹部マッサージ)、腋窩リンパ節、体側部、下腹部の順に施術し、次いで脚の付け根から足先まで、体幹方向へと体表面を優しくなでて浮腫液を移動させる。腕の場合は反対に、鼠径リンパ節へ浮腫液を誘導する。

 簡易的に患者自身で行うシンプルリンパドレナージ(simple lymph drainage:SLD)とよばれる方法もあるが、治療的なエビデンスは確立していない。なお、間欠的空気圧迫装置とよばれる、患肢にカフを巻き付けて膨張・収縮させ、浮腫液を体幹部へ誘導する装置が時にリンパ浮腫の治療に用いられるが、その際は大腿(だいたい)・下腹部への浮腫液貯留を避けるため、SLD(またはMLD)を併用する。

(2)弾性着衣による圧迫
 弾性着衣(弾性スリーブ、弾性ストッキングなど)は、着用によって患肢を継続的に圧迫することを目的に設計された医療機器であり、一般に販売されている着圧ストッキングなどとは異なる。リンパ浮腫の治療においては、朝の起床直後に着用し、就寝直前に外す。就寝時は基本的には外すか、または一段弱い圧の弾性着衣にする。

 一般的に、脚ではクラスⅡ(30~40mmHg(ミリメートル水銀柱)の圧がかかる製品)もしくはクラスⅢ(40~50mmHgの圧がかかる製品)、腕ではクラスⅠ(20~30mmHgの圧がかかる製品)もしくはクラスⅡの製品を用いる。弾性着衣の生地には、平編みや厚手丸編み(ショートストレッチ)のタイプと丸編み(ロングストレッチ)のタイプがあり、リンパ浮腫の治療には前者が理想的とされるが、臨床的には後者が繁用される。またその形状は、脚の浮腫では理想はパンティストッキングタイプであるが、片脚ベルト付きやシリコン付きのタイプも用いられる。腕の浮腫では付け根から手首までの弾性スリーブが繁用される。

 なお、弾性着衣と同様に、患肢を圧迫する方法として、弾性包帯(圧をかけるのに適した弾性をもった包帯)を用いた多層包帯法があるが、第2期には多くの場合適さず、前述のとおりおもに第1期で実施されている。

(3)運動
 リンパドレナージが用手的にリンパ系を活発化する方法である一方で、日常生活での動作や運動によってもリンパ管は刺激され、活発化させることができる。手術直後からの深呼吸や軽い筋肉運動に始まり、無理のない範囲で患肢の運動を行うことは、保存的治療のなかでも重要な要素である。なお、運動による効果は、患肢を弾性着衣で圧迫した状態で行うことでより増強されるが、実施に際しては主治医等と相談して適切に行うことが望ましい。

(4)スキンケア
 スキンケアは、急速な浮腫の悪化をまねく蜂窩織炎などの予防を目的として、日常的に患肢を清潔に保つこと、傷をつくらないようにすることなどを中心に、セルフケアの一環として行われるものである。

(5)複合的治療(複合的理学療法を中心とする保存的治療)
 これらの複合的理学療法は、標準的なリンパ浮腫の治療法ではあるが、実際にはこれらのみでは不十分であり、たとえば長時間の立ち仕事を避ける(脚の浮腫の場合)、時に患肢を挙上するなどの日常生活指導を加えることが重要であるとして、複合的理学療法に日常生活指導を加えた内容を「複合的治療」(または「複合的理学療法を中心とする保存的治療」)とよび、日本におけるリンパ浮腫に対する標準的治療(厚生労働省委託事業リンパ浮腫研修運営員会「委員会における合意事項」、2010年)として、2016年(平成28)には診療報酬の項目として新設された。

[廣田彰男 2017年11月17日]

その他の治療法

リンパ浮腫の外科的治療には、リンパ浮腫組織切除術やリンパ誘導術があるが、現在はほとんど行われない。最近実施されている顕微鏡下でのリンパ管細静脈吻合(ふんごう)術は、劇的な効果を期待できるものではなく、現時点では確立された方法とはいえないが、蜂窩織炎(ほうかしきえん)発症を低減させるとの報告はある。その他、一次性リンパ浮腫に対して遺伝子治療も試みられている。

[廣田彰男 2017年11月17日]

合併症(蜂窩織炎)の治療

リンパ浮腫の患肢は、タンパク質の貯留および免疫機能低下のために感染が起こりやすい状態となっており、蜂窩織炎(リンパ管炎、急性皮膚炎)を発症することが多い。赤い斑点(はんてん)状もしくは患肢全体に発赤(ほっせき)を呈し、急な高熱を伴うこともあるが、いつのまにか慢性的に炎症をきたしていることも多い。こうした合併症が起こると、血管透過性が亢進(こうしん)し、浮腫は急速に悪化する。治療として、急性期は安静臥床(がしょう)のうえ、発赤部の冷却および抗菌薬の服用が必要となる。あわせて、菌の「培養池」となる浮腫液の軽減が必要となる。

[廣田彰男 2017年11月17日]

浮腫の悪化要因と合併症の予防

肥満や体重増加は浮腫の悪化をまねく最大の誘因である。また、過労等によっても悪化する傾向がある。リンパ管機能が低下しているため、その分無理ができないことは念頭に置くべきである。

 その他、合併症予防のため、皮膚の保護や保湿に努め、外傷などにも注意する。薬用石鹸、保湿剤(油性のクリームやローション)、尿素製剤なども適宜使用する。

[廣田彰男 2017年11月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例