翻訳|lymph
リンパ(淋巴)ともいう。リンパ液とはリンパ管を流れる無色ないし淡黄色の透明な液体で,その99.9%以上は毛細血管から漏出し,組織間隙腔(間質腔)内を移動した液体が毛細リンパ管に入ったものである。この移動のなかで,毛細血管からの漏出液は間質腔ゲル物質内の液体成分や可溶性分子との間に拡散交換を行い,可逆的平衡に達する。少量の栄養物は細胞に吸収され,その組成は毛細血管から漏出した時点とは異なるものとなる。しかし拡散速度は十分速いので,ある一定組織内の間質腔に存在する液体の組成はほぼ一様となる。かくして,リンパ液の起源は平衡状態にある組織間隙液(間質液)であるといえる。
成人男子の1日リンパ液流量は,だいたい全血漿容量程度(2~4l/日)で,1時間流量では1.0~1.6ml/kg・hと静脈血流量に比較して非常に少ない。このリンパ液の70~80%は胸管を通って左静脈角(左の鎖骨下静脈と内頸静脈の合流部)から静脈系に入る。リンパ液の生成速度は臓器,組織により異なり,肝臓,腸管では速く,ほかの腹部臓器,四肢では遅い。各臓器由来のリンパ液流量も変動が激しく,また睡眠中ならびに麻酔時に少ない。一方,補液や輸血などで増加する。
リンパ液組成は血漿成分に似ているが,その濃度は毛細血管の透過性,組織の代謝活性などで左右される。またリンパ液には多数のリンパ球(2×104/mm3)も含まれている。リンパ液の電解質を血清と比較すると,陽イオン(K⁺,Ca2⁺,Mg2⁺)は血清より低く,陰イオン(Cl⁻,HCO3⁻)は血清より高い。その理由はドナンの膜平衡理論で説明されているが,間質腔に存在するゲル様物質が負に荷電していることも忘れてはならない。ブドウ糖,尿素,クレアチニンなど分子量の小さなものは,血液-間質液-リンパ液間で自由に拡散し,速やかに平衡状態が成立するから,リンパ液内のこれらの物質の濃度は血清濃度にほぼ等しい。ヒトの胸管リンパ液におけるタンパク質濃度は血漿の55~70%であるから,胸管リンパ液によって回収されるタンパク質量は1日70~100gになり,血漿タンパク質総量の1/3~1/2に相当する。リンパ液のタンパク質濃度も臓器,組織によって異なり,肝臓,腎臓で高く,四肢では低い。一般にリンパ液のアルブミン/グロブリン比(A/G比)は血漿より高い。これには毛細血管壁と毛細リンパ管壁のタンパク質透過性の差異が関与しているものと思われる。さらに,リンパ液には血漿由来のタンパク質のほかに,リンパ節由来のγ-グロブリンが含まれている。
臨床的にリンパ系の病態生理が問題となるものにリンパ浮腫lymphedemaがある。リンパ浮腫とは〈リンパ液循環の機械的不全により組織に血漿タンパク質が貯留した状態〉と定義されている。この機械的不全をきたす原因として,臨床上最もしばしば遭遇するのは,リンパ管の形成不全と,医原的なリンパ液交通路の破壊である。前者がいわゆる原発性と呼ばれ,後者が続発性の大部分を占めている。リンパ管造影法が確立(1954)して以来,本症に対する理解が著しく進歩し,この造影所見を根拠に原発性リンパ浮腫は,(1)無形成aplasia,(2)減形成hypoplasia,(3)過形成hyperplasiaの3型に分類されている。(1)と(2)ではリンパ管数の不足によるリンパ液循環異常,(3)においては弁不全によるリンパ管内の逆流が病因の主体であると考えられている。なお,近年リンパ管の機能異常(無動症akinesia,痙攣(けいれん)spasm,不全麻痺paresis)なども,病因の一つになりうることが指摘されている。
一方,続発性リンパ浮腫の病因はほとんどすべて,悪性腫瘍根治手術におけるリンパ節の広範な摘出と術後の放射線療法によるリンパ管の荒廃に起因する。したがって,なんらかの形でリンパ道の再建を図るのが最も適切な治療法と考えられている。
執筆者:東 健彦
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