放射線を用いた治療全般をさす。1895年にドイツの物理学者レントゲンが放射線の一つであるX線を初めて発見し、その翌1896年には乳がん、鼻咽頭(びいんとう)がん、胃がんに対してX線の照射が行われたという報告がある。現在では放射線療法の大部分が悪性腫瘍(しゅよう)を対象として実施されているが、良性腫瘍(血管腫、神経鞘腫(しょうしゅ)など)やケロイドに対しても行われている。
[石川 仁 2023年2月16日]
治療に使われる放射線には、X線やγ(ガンマ)線のような光子線(電磁波)と、電子線、陽子線のような粒子線とがある。粒子線として、かつては速中性子線や負π(パイ)中間子線も治療に用いられていたが、現在は陽子線や炭素イオン線が用いられている。1950年代にはホウ素中性子捕捉(ほそく)療法とよばれる、原子炉を用いた治療が開始された。最近、この治療で用いられる熱外中性子は加速器で生成することが可能となり、国内の治療施設も増えている。
これらの放射線には、物質を通過する際に直接または間接的に物質をイオン化する電離作用がある。一般に、物質を構成する原子は、安定状態では電子と陽子の数が等しく電気的には中性であるが、これに放射線が当たると、電子を放出してプラスになったり、その電子が中性の原子に付着してマイナスになったりする。これを「電離作用」といい、この作用によって細胞死がおこる。すなわち、放射線が細胞内のデオキシリボ核酸(DNA)上または近傍を通過して電離作用がDNA鎖に及んだ場合に、DNA鎖は損傷を受ける。DNAは二重構造であるから1本の鎖が切れても修復されるが、一度に2本とも切られると修復がむずかしくなり、細胞分裂ができない、あるいは異常な細胞分裂を招き、結果的に細胞死が生じる。
放射線療法は病巣のみならずその周囲にある正常組織にも損傷を与えるので、正常組織に重篤な障害が起こらない範囲で最大の治療効果をあげることが原則である。それぞれの正常組織において生命に危険を及ぼすほどの機能欠損に至ることのない、また外見を著しく損なうことのない最大線量を「耐容線量」といい、正常組織の耐容線量を腫瘍の治癒線量で割ったものを「治療可能比」とよぶ。治療可能比が1以上のときは根治治療が安全に実施できるが、1未満ではその値が小さくなるほど根治治療はむずかしくなる。
悪性腫瘍のうち、放射線に対する感受性が高い疾患は、精上皮腫、悪性リンパ腫、小細胞肺がんなどであり、放射線感受性が低い疾患には骨肉腫、悪性黒色腫等がある。一方、正常組織で感受性の高いものはリンパ組織、造血組織(骨髄)、睾丸(こうがん)精上皮、卵胞上皮、腸上皮で、次いで高いものに胃、口腔(こうくう)、食道、膀胱(ぼうこう)などの上皮と水晶体、皮膚がある。一方、感受性の低いものは筋肉、神経組織などである。正常組織は、照射される体積が大きいほど、また1回の線量が高いほど影響を受けやすいため、なるべく腫瘍に限局した照射を行う、1回で照射せずに複数回に分けて行う(分割照射)、などで治療可能比を向上させる。
[石川 仁 2023年2月16日]
放射線照射の方法は、体の外から照射する「外部照射」と体の内部から照射する「内部照射」に大別されるが、外部照射による放射線治療が行われることが多い。またこのほかに、ホウ素化合物をがん細胞に取り込ませ、熱外中性子を外部照射することで熱中性子とホウ素10(10B)の核反応を生じさせる「ホウ素中性子捕捉療法」がある。
(1)外部照射
体外より体内における病巣に対して放射線を照射する方法で、放射線の出口を固定して行う固定照射と、出口を動かして行う運動照射とがある。固定照射には、一方向から照射する一門照射と、いくつかの方向から照射する多門照射とがあり、一門照射は電子線による皮膚がんの治療などに用いられ、多門照射は体内の病巣に放射線を集中させる目的で使われる。このほか、照射方向を体深部に向けるのではなく、体表面をかすめるように照射する方法もあり、接線照射とよばれる。一方、運動照射には、全回転する回転照射と、振り角360度未満で円周上を往復させて照射する振り子照射とがある。X線、γ線、電子線、陽子線、重粒子線(炭素イオン線)などが照射される。
(2)内部照射
わずかな放射性同位元素(ラジオ・アイソトープ)を白金などの小さな容器に格納した小線源を用いて照射する「密封小線源治療」と、放射性同位元素の薬剤を内服、あるいは血管内などに投与して治療する「非密封小線源治療」とがある。
(a)密封小線源治療
γ線を放出する密封小線源を用いた治療である。一定時間あたりの照射線量によって低線量率照射と高線量率照射があり、低線量率照射では小線源はおもに病巣に永久挿入され、ヨウ素125(125I)と金198(198Au)が国内で使用されている。高線量率照射では小線源を用いて一時的に照射するが、術者の被曝を避けるために、遠隔操作式後充填(じゅうてん)法であるリモートアフターローディング装置を用いる。線源はイリジウム192(192Ir)、コバルト60(60Co)が使用される。方法には、体腔内に密封小線源を挿入して照射する腔内(くうない)照射(子宮がん、腟(ちつ)がん、食道がん、気管/気管支がんなど)、病巣内に小線源を直接刺入して照射する組織内照射(舌がん、前立腺(せん)がんなど)、病変の表面に対して鋳型(いがた)に配置された小線源を用いて照射するモールド照射(陰茎がん、皮膚がん、血管肉腫など)がある。最近では、大きく複雑な形状の腫瘍(子宮頸(けい)がんなど)に対して、腔内照射に組織内照射を追加したハイブリッド照射も行われている。
(b)非密封小線源治療
放射性同位元素が体内に投与されると、選択的にがんの病巣部に取り込まれる性質を利用した治療法である。β(ベータ)線を放出するヨウ素131(131I)は、甲状腺に集まることを利用して甲状腺機能亢進(こうしん)症や甲状腺がんに用いられる。また、α(アルファ)線を放出するラジウム223(223Ra)は、骨の成分であるカルシウムと同じようにラジウムが骨に集まりやすい性質を利用して前立腺がんの骨転移に対する治療に用いられている。また、CD20(細胞表面のタンパク質)を発現する再発・難治性悪性リンパ腫に対して、β線を放出するイットリウム90(90Y)を抗CD20抗体に標識して治療に用いる。最近では、放射性同位元素とがん細胞の抗原抗体反応を利用したさまざまな治療法が開発され、保険適用を目ざした臨床試験(治験)が行われている。
(3)ホウ素中性子捕捉療法
ホウ素化合物にはがんの細胞や組織に取り込まれやすい性質がある。そこで、ホウ素化合物をあらかじめ点滴等で投与し、熱外中性子線を体外から照射すると、体内でエネルギーを失った熱外中性子は熱中性子となりホウ素10(10B)との核破砕反応が生じる。核破砕反応で発生した強力な粒子線(α線とリチウム粒子)によりがん細胞を破壊する。これらの粒子線の飛程(放射線が体内を通過できる距離)は10マイクロメートル以下であるため、病巣周囲の正常細胞への影響が少ない優れた治療法であるが、治療可能な施設が限られている。
[石川 仁 2023年2月16日]
放射線治療装置には次のようなものがある。
(1)外部照射装置
(a)低エネルギーX線発生装置
50~300keV(キロ電子ボルト)と低いエネルギーを用いた、初期の放射線治療装置で、近接、表在治療用、深部治療用の装置があるが、現在のがん治療ではほとんど用いられていない。
(b)コバルト60照射装置
テレコバルトとして知られる。低エネルギーX線発生装置にかわって普及した装置である。60Coは1.17MeV(メガ電子ボルト)と1.33MeVのエネルギーを有するγ線を放出するため、この線源を容器に格納し、照射位置で照射口をあけて照射する。線源の半減期が5.27年と定期的な交換が必要なため、国内では通常の放射線治療装置としては使用されていない。
なお、「ガンマナイフ」はコバルト60照射装置の一種であり、照射ユニットの半球面上には約200個の60Co線源が装填されており、各々のγ線が半球内の一点に集中するように制御できる。小さな病巣に用いられることが多く、脳内の深いところにあって手術できない病巣も治療できる。ガンマナイフを利用した治療は「定位放射線治療」ともよばれており、がん治療だけでなく、血管腫などの良性腫瘍、脳動静脈奇形、三叉(さんさ)神経痛などに対しても実施されている。
(c)直線加速器
リニア・アクセレレーターlinear acceleratorのことで、「リニアック」の名称で知られる。直線状の真空容器中で電子を加速し、電子線を取り出し直接電子線を利用するか、またはX線に変換して治療に利用する装置である。現在、もっとも普及している外部照射装置であり、定位放射線治療に特化した特殊装置が複数商品化されている。そのなかには、ロボット工学を応用して照射中の病巣の動きを自動で追尾できるシステム(target locating system:TLC)を搭載した治療装置、コンピュータ断層撮影装置(CT)と一体化し、画像誘導放射線治療(image-guided radiation therapy:IGRT)で高精度に位置照合を行い、回転照射による強度変調放射線治療(intensity-modulated radiation therapy:IMRT)を行える治療装置などがある。
(d)陽子線治療装置
粒子線治療装置の一つ。一般にサイクロトロンあるいはシンクロトロンとよばれる円形の加速器が用いられる。陽子は水素の原子核であり、これを高速に加速して取り出した放射線が陽子線である。陽子線にはブラッグピークBragg peak(線量ピーク)、すなわち体表の入射部にはほとんど線量を与えず、ある一定の深さのところで全エネルギーを放出するというX線とは異なる物理的特徴がある。この位置に腫瘍がくるように陽子線のエネルギーを調整すれば、腫瘍以外の正常組織にはほとんど照射されない。X線よりも線量分布は良好であるが、生物学的効果比(relative biological effectiveness:RBE)はX線とほぼ同じである。
(e)重粒子線治療装置
粒子線治療装置の一つ。水素より重い原子核をサイクロトロンやシンクロトロンで加速して取り出した放射線で照射治療を行う装置である。原子核が重いほどRBEが大きくなる。水素の次に重い原子であるヘリウムをサイクロトロンで加速して治療に用いてきたが、もっと重い炭素イオンをシンクロトロンで加速した治療が放射線医学総合研究所(現、量子科学技術研究開発機構)で開始され、日本、ヨーロッパ、アジア地域に普及している。炭素イオンなどの重粒子線は、陽子線と同様に線量分布が良好であるうえにRBEが高いため、放射線感受性の低いがんに対する治療効果が高いことで知られる。
(f)その他
変動する強力磁場の中にあるドーナツ型の真空容器中で電子を加速し、電子線を取り出す装置であるベータトロン、回転電極で加速して電子やX線を取り出す装置であるマイクロトロンがあるが、最近は直線加速器に置き換えられほとんど使用されていない。
(2)密封小線源治療装置
腔内照射、組織内照射、モールド照射で使用される高線量率小線源治療装置内には60Coや192Ir線源が格納されている。治療に伴う術者の被曝を避けるため、病巣に対して適切に小線源を配置するためのアプリケータを設置後に、遠隔操作で治療装置内の小線源をアプリケータ内に充填するリモートアフターローディング法で治療する。充填された線源はコンピュータで停留位置と時間が制御され、照射が終了すると治療装置内に自動的に再度格納される。内部照射であるため、外部照射よりも線量集中性が良好であり、1回あたりの照射線量(分割線量)を高くすることで強い効果を発揮できる。一方、適切な位置にアプリケータを挿入する高度な技術が必要である。
(3)中性子線発生装置
ホウ素中性子捕捉療法で使用される。これまでは原子炉を用いた治療が行われてきたが、2011年(平成23)の東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえて原子炉の規制基準の改正があり、現在は病院に設置できる加速器を用いた治療に移行しつつある。おもに陽子線を加速し、ベリリウムやリチウムなどのターゲットに照射することで中性子線を発生させる。
[石川 仁 2023年2月16日]
放射線療法を実際に行う際には、次のような内容がチェックされる。
(1)治療の適格性
放射線治療医以外の専門家を交えた検討会(キャンサーボード)で、患者にとって適切な治療が放射線療法であるか否かを検討する。同時に、全身状態、および正常組織の耐容線量と病巣の放射線感受性などを考慮し、治療を行った場合の益と害のバランスから適応となるかを検討する。
(2)併用療法
がんの治療には放射線療法以外に手術、化学療法、ホルモン療法、免疫療法などがあり、いくつかの治療を併用した集学的治療が行われることが多い。主たる治療として放射線療法を行う場合でも他の治療法との併用が検討されるが、そのタイミングとして、放射線治療の前・同時・後のいずれに併用するかの検討も重要である。
(3)放射線治療法の選択
線源、治療装置、照射技術について、適切な放射線治療法を検討する。
(4)照射範囲・線量分割法の検討
検査で得られた臨床情報から適切な照射範囲を決定する。治療計画で得られた正常組織への照射体積や耐容線量などから適切な分割線量、照射回数を決定する。
(5)説明と同意
(1)~(4)の結果に基づいて、患者・患者家族に十分に説明し、治療の同意を得る(インフォームド・コンセント)。
以上がすべて整ってから実際の照射を開始するが、照射期間中は患者の全身状態につねに配慮しながら照射を続ける必要がある。
[石川 仁 2023年2月16日]
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…乳癌に比較的多い。 放射線に感受性のある癌で,根治手術が困難であるか,臓器の機能を保持したい場合は放射線療法を行う。子宮頸癌,舌癌,咽頭癌,喉頭癌,肺癌など,扁平上皮癌や一部の肉腫が適応になる。…
…放射線のもつ生物学的作用を利用して行う治療法。放射線療法ともいう。癌その他の腫瘍性疾患に対して行われるが,病的組織への破壊を最大にし,正常組織への障害を少なくするために,種々の方法や技術が駆使される。…
※「放射線療法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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