外部の遺伝子を体内の細胞に入れたり、患者から採取した細胞を遺伝子改変した後に戻したりして、病気を治療する方法。がんや難病の新たな治療につながると期待されている。日本では、遺伝子を改変して患者の免疫細胞の攻撃力を高め、がんを治療する「CAR―T細胞療法」や、糖尿病などが原因で血管が詰まる慢性動脈
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遺伝子あるいは遺伝子を導入した細胞を患者に投与することにより、疾患の治療を行う方法をいいます。目標とする細胞や組織に遺伝子を導入し発現させるための試みが数多くなされています。現在行われているのは、患者さんの細胞や組織などの体細胞を対象とした治療に限定されており、生殖細胞系列への遺伝子操作は数多くの国で禁止されています。
実際に試みられる治療法は病態によって異なってきます。ある遺伝子の機能がなくなったり低下している場合は、その遺伝子を外から補充することが考えられます。特定の遺伝子の発現が細胞にとって害になるような場合は、特異的にその遺伝子の発現を抑えることが考えられます。がんのように細胞そのものを除きたい場合は、標的細胞を直接殺す方法が用いられると思われます。
遺伝子導入の方法として最も用いられているのは、ウイルスベクターを用いた方法です。当初は導入効率のよさからレトロウイルスが使われました。しかしレトロウイルスは、染色体中に組み込まれることによって新たな変異を誘発する危険性が出てきたため、現在ではあまり使われなくなりました。代わりとして、宿主細胞に組み込まれることのないアデノウイルス、アデノ随伴ウイルスなどが使われるようになってきています。
一方、安全上の問題から、ウイルスを使わない方法も用いられています。代表的なものとしてはリポソーム法があります。これはある種の脂質とDNAを混ぜてその融合体を細胞に取り込ませる方法です。また、遺伝子を直接注入する方法なども行われています。いずれも遺伝子の導入効率が低く、発現も一過性にしかみられないという問題点があります。
遺伝子治療の臨床研究は、1990年にアデノシンデアミナーゼ欠損症の患者さんに対して始められました。
今日まで多くの遺伝子治療の試みがなされたなかで、X
この治療を受けた患者さんの多くに症状の回復がみられ、治療は成功したかに思われました。しかし後年、遺伝子導入のため用いたレトロウイルスによって、白血病を発症する患者さんが出たため、この治験は中止されました。
遺伝子治療の最も重要な点は、目的の細胞組織のみに遺伝子を導入し、その発現を制御できるようになることですが、残念ながら現状の技術はまだそこまでは至っていません。標的となる細胞として理想的なのは、自己複製能をもつ幹細胞であることを考えると、患者さんから樹立可能なiPS細胞を用いた遺伝子治療の試みも、これから活発に行われていくと思われます。またRNA
中野 芳朗
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
遺伝子の異常のために病気になった患者の細胞に、外部から正常遺伝子を導入して病気を治す医療。1972年にアメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校のセオドア・フリードマンTheodore Friedmann(1935― )らによってその概念や実現までの倫理的課題が発表された(その業績により2015年に日本国際賞を受賞)。世界初の遺伝子治療は1990年、アメリカ国立衛生研究所(NIH)でアデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症患者に対して実施された。この病気はADA酵素をつくる遺伝子が欠けているためにおこる免疫不全症で、治療では患者から取り出したリンパ球にADA酵素をつくる正常遺伝子を組み込んだウイルス(ベクター)を感染させ、患者の体内に戻した。
日本では1995年(平成7)、北海道大学病院小児科がADA欠損症の4歳男児に初めて実施した。以後、2000年代には国内外で各種のがんや遺伝性の難病などに対して遺伝子治療が試みられ、良好な報告もあった一方で、欧米ではウイルス感染の副作用による死亡事故などが報告され、研究はしだいに停滞した。
遺伝子治療がふたたび脚光を浴びたのは2017年である。スイスの製薬大手ノバルティスが開発した「キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法」がアメリカで白血病の一種の治療法として承認された。これは白血病患者から取り出したリンパ球の一種であるT細胞にキメラ抗原受容体(CAR)の遺伝子を導入してCAR-T細胞とし、注射製剤「キムリア」によって体内に戻す治療で、これによりがん細胞を見つけ攻撃する作用が高まる。日本では2019年(令和1)に「B細胞性急性リンパ芽球性白血病」「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(しゅ)」に対する治療として公的医療保険が適用となったが、当初の価格が1回3349万円と高額となったことでも話題となった。また、同時期には日本初の遺伝子治療薬として大阪大学発のベンチャー企業アンジェスが開発した「コラテジェン」も保険適用となった。これは閉塞(へいそく)性動脈硬化症などの足の動脈が詰まる病気に対する薬で、血管新生の働きがあるタンパク質をつくる遺伝子を患者の足に注射し、詰まった血管を迂回(うかい)する血管を新生させる。2020年にはノバルティスが開発した脊髄(せきずい)性筋萎縮(いしゅく)症の遺伝子治療薬「ゾルゲンスマ」が薬事承認され、1回1億6707万円で保険適用となった。国立医薬品食品衛生研究所のまとめによれば、2024年8月時点では、世界で36件、日本で9件の遺伝子治療製品が承認されている。
2012年に発表され、2020年ノーベル化学賞の授賞対象となったゲノム編集技術「CRISPR/Cas9(クリスパーキャスナイン)」も従来より低コストでDNAの切断ができることから、遺伝子治療への応用や発展が期待されている。
[高野 聡 2024年9月17日]
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タンパク質性の医薬品のかわりに,タンパク質をつくり出す遺伝子そのものを導入して病気を治す方法.これは薬のかわりに遺伝子を用いるという対処療法であるが,特定の遺伝子に変異のある遺伝病の場合には,変異遺伝子を正常なものに置き換えて根本的に治すという治療法も技術的には可能となりつつあるが,倫理的問題はクリアーされていない.患者の細胞を取り出し,それに体外で遺伝子を導入してからふたたび体内に戻す方法(ex vivo法)と,直接体内に投与する方法の2種類がある.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
(今西二郎 京都府立医科大学大学院教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
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