翻訳|lettering
文字を書いたり表現する行為と,それにより表された文字(および文字列)をさす。言葉のもとの意味は,筆やペンなどの道具を用いて手で〈書く〉ことである。したがってその起源は文字の発明とともにあり,レタリングの歴史は手書き文字の歴史であるといってもよく,そして用具と用材によって字形が異なることがその特色であった。漢字を例にとれば,隷書体は秦代(前221-前207)に生まれたが,製紙術発明以前で竹片(竹簡)や木の札(木簡)に硬い筆毛で書いたため,文字の最後の,筆毛がはねる形が波形になり,これが隷書体の特徴になった。楷書体は製紙術が発明されたことに応じて確立され,筆毛もやわらかくなり,線の強弱が表現しやすくなった。宋代には現在通行する篆(てん),隷,楷,行,草の5書体がそろっている。12世紀には文字は大衆のものとなり書物を印刷するために木版が用いられた。初期のものは楷書であったが,彫りやすい単純な字形がとられるようになり,また彫刻刀の切れ味を生かした勢いのある書体がくふうされ宋朝(そうちよう)体が生まれた。明朝(みんちよう)体は16世紀書物を量産化する必要のため彫る作業にスピードが要求され,複数の職人で分業して彫りやすく個人差の表れにくい直線的な字形が考案されたものである。このように書体は用具と用材の関連によって字形が定まってきた。
現代では文字を表す道具は主として毛筆から硬筆に変わり,書体にも新たな影響が現れている。タイプライターやコンピューターのプリンターなどの機械も加わって,文字を表す方法はしだいに広がり複雑になってきた。印刷においても情報の大量化にともない,従来の手組みの活版印刷に加えて,モノタイプ機,ライノタイプ機,写真植字機などが導入されてスピード化がはかられ,1ページに収める情報量を増やすために文字が縮小され,情報の多様化にともなって書体の種類も多くなったが,これらの文字も原型(字母(じぼ))はすべて手によって書かれたものである。今日ではレタリングの世界はさらに広がり,街角や高速道路で用いられる文字や,電光掲示板の文字,高層ビルの窓の開閉によって表された文字,運動会の〈人文字〉など,書くのではなく計画によって表現される文字もその対象になっている。メモ,日記,手紙など私的なものから,標識,新聞,テレビタイトルなど社会的なものへと,伝達範囲が広がるにつれて人々の字形に対する意識は高くなる。現在ではレタリングという言葉は,コミュニケーションの場において用いられる文字および文字列を,字形の美しさや読みやすさを意識して制作することをさすことが多い。なお,西欧やイスラムにおける書体の変遷については〈書〉の項目を参照されたい。
レタリングの分野は目的・手法により大きく四つに分けることができる。
(1)手書き文字 この分野は今日でもレタリングの主流をなし,街の中で最も多く見られる。例えば看板,標識,駅名標,店頭のPOP(購買時点広告point of purchase)などがある。これらのうち定規やコンパスなど使わずに手による線で書いたものをフリーハンドレタリングという。これは書き手の親しさや温かさなどの特徴がそのまま文字に表れる。また,歌舞伎の看板に使われる勘亭流(かんていりゆう)や相撲の力士名を表す相撲文字,寄席の題名や芸名を表す寄席文字などの江戸時代に創作されたものを江戸文字といい,これらもフリーハンドレタリングに含めることができる。道路上に書かれる標示文字のうち〈型〉(文字の形にくりぬいた板など)を使って書(描)かれたものの類をステンシルと呼ぶ。同じものを多量に表す場合や,また表面が平らでないときに用いる技法である。手書き文字は伝達範囲が狭く,短期間で制作使用されるものまた量産の必要のないものや,現場で書かなければならないときに用いられる。手書きの味を生かし量産する場合は手書き文字を原稿として,印刷やプラスチック成型をすることもある。
(2)カリグラフィーcalligraphy 〈美しい書法〉の意味でもとは西洋のペンや筆による〈書〉とその技法をさした。印刷のない時代に写本をつくることから発展し,鑑賞を重んじ芸術にまで高められたものである。日本や中国の書と同じように意味を伝えることよりも美的,伝統的なものに重点が置かれている。ペンで書いたものをペン・スクリプトpen script,筆で書いたものをブラッシュ・スクリプトbrush script,同じ太さの線で書かれたものをボールペン・スクリプトballpen scriptと呼び区別している。いまは東洋の書もカリグラフィーと呼ばれて欧米でも注目されている。
最近の広告界におけるカリグラフィーは,書家が書いたものよりレタリングデザイナーが書いた作品の方が動きや変化に富み喜ばれる傾向があり,これは書き手の目的意識の相違からくるもので,これからのカリグラフィーはデザイン感覚を生かしたものに変わりつつあるといえよう。
(3)ロゴタイプlogotype 社名や品名などの文字を一つの塊としてデザインしたものをいう。印刷用語としては1本の活字の中に何文字かを鋳込んだものをロゴタイプ,すなわち〈意味を表す活字〉と呼び,それから派生してレタリング用語として2字以上の文字を組み合わせてデザインしたものをいうようになった。文字のもつ意味のほかに字形によっても意味を表そうとする点が特徴である。例えば〈自動車〉という3文字にスピード感のあるスマートな感じをもりこむことによって未来の自動車をイメージさせることもできる。道路問題や公害問題を抽象的に表すことによって自動車がかかえる社会問題を感じさせることもできる。ロゴタイプは,使用時のサイズの変化に耐えられることを制作時に考慮しなければならない。名刺から,ネオンサインまで,大小にかかわらず同一イメージに見え,鋳型によるものや作業服につける刺繡など,さまざまな材質を用いても表現可能な字形を考える必要がある。種類は社名,品名,店名,催物,映画・テレビタイトル,書籍題字,キャンペーン名など使用目的によって分けられる。最近,大きな企業では商品個々に個性的なロゴタイプを作るのではなく,CI(コーポレート・アイデンティティ)としてロゴタイプを組む独自の専用書体を開発している。これを企業制定書体corporate typefaceと呼び,商品名に統一した企業イメージを与えている。社名を表すロゴタイプがマークとして使われる場合ロゴマークといい,読めるマークともいえる。
(4)印刷書体typeface おもに印刷用に制作した書体を書道書体と区別して印刷書体と呼ぶ。原字は一字ずつ手で書き,それを機械で縮小して用いるが,どの字と組み合わせても調和するように個々の字形にくふうがなされている。これには活字,写植(写真植字),タイプライター,コンピューターのプリンターなどの書体がある。使用目的によって本文用body typeと見出し用display typeに分けられる。本文用は限られたスペースの中で多くの情報を組み入れるため小サイズでも読みやすく,目を疲れさせず,美しい書体となるように制作者は努力している。さらに日本語は縦・横の両組をするためどちらを組んでも字間が均等になり破綻がないようにデザインにくふうがされている。最近は横組み専用書体が開発され欧文との混植も調和がみられるようになった。見出し用は大きなサイズで用い,強さや格調や温かさや楽しさなど内容に合った書体が要求される。通常は細線のものを本文,太線のものを見出しとして用いるが,最近の写真植字機はサイズが自由になるため細線のものを見出し用としても使えるようになり,本文用と見出し用の区分がはっきりしなくなってきた。使用範囲が広がったことも手伝って,新書体は細線から太線までの何種類かをそろえたファミリーfamilyとして開発することが多くなった。この業界の中でも写植業界は新書体開発に積極的であり毎年新書体を発表しているので,日本のタイポグラフィーtypographyも年々変わりつつある。またタイプフェースコンテストによって書体デザイナーの育成にも力を入れている。
→タイポグラフィー
文部省の社会教育の一環として,検定試験を財団法人実務技能検定協会が実施している。目的は,レタリングは書道やペン字とは別に社会的な公的な立場で使われ社会生活とのかかわりが強いため,正しい文字や書体を書き表す能力が必要になり,その能力を公正に評価し4級から1級に定め証明することにある。試験内容は知識と実技に分かれ出題される。認定されるには両方が合格基準点に達することが必要である。各級の受験対象者は,4級は初心者・学生などレタリングに興味をもつ人,3級は職場などでのレタリング特技者,2級はレタリングデザイナー志望者・アシスタントデザイナー,1級はレタリングデザイナーを目安にしている。
→書体
執筆者:桑山 弥三郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
デザイン用語。文字の形姿の美的かつ効果的な形成を目ざして行う表現計画活動をいい、それによって表された文字をもレタリングと称する。
文字は、一定の法則のもとに線や点を組み合わせて、言語の音や意味を示すものであるが、レタリングは、これらの線や点について造形という視座から関与する。単に美的であるだけでなく、効果的な造形であることが要請されるが、効果的であることの内容は、個々の造形に際して設定される条件により異なったものとなる。いわば、さまざまに異なる性格の効果を、そのときどきの要請に応じて、文字および文字列の形姿に付与することが、レタリングの本質なのである。美的であること、個性的であることだけを目ざすのであれば、それはカリグラフィー、あるいは書道とよばれるものになる。
江戸時代に創作され、歌舞伎(かぶき)に使われている勘亭流、相撲(すもう)番付に見受けられる相撲文字、寄席(よせ)で使われている寄席文字などは、レタリングの一つの成果ということができよう。
[武井邦彦]
印刷用の文字は、読みやすい造形であることが望ましく、この意味での「読みやすさ」をレジビリティlegibilityという。本文用書体であれば、その形姿の明瞭(めいりょう)明快さと、組版後の文字群としての美しさが不可欠である。見出し用書体であれば、目だつことと強さが要求される。文字をデザインの対象にするという意識は、当然のことながら、印刷技術の歴史とともに始まり、今日の状況まで進捗(しんちょく)してきた。ラテン系文字におけるデザインの成熟度の高さは、その豊富な書体数によってもうかがい知ることができる。
活字文字のデザインは15世期中期のゴシック書体から出発する。グーテンベルクが用いているような筆写風の装飾的書体である。次に1470年代にイタリアで活躍したフランス人ジャンソンNicolas Jenson(1420ごろ―1480)がベネチアン書体を確立する。さらにローマン書体では、ギャラモンClaude Garamond(1480―1561)、カスロンWilliam Caslon(1692―1766)が活躍、過渡期のバスカービルJohn Baskerville(1706―1775)を経て、1790年代に至ってボドニーGiambattista Bodoni(1740―1813)によってモダン・ローマン書体として確立された。
一方、近代デザインの発想をもっともよく体現しているのがサンセリフ(ひげ飾りのない)書体で、飾り気のない単純明快さを特徴とする。本格的なサンセリフは、1920年代後半のレナーによるフツーラ(日本ではフーツラと呼び習わしている)に始まる。フツーラは、チヒョルトJan Tschichold(1902―1974)らによる当時の「ニュー・タイポグラフィ」運動から支持されるが、装飾性を排し、合理的で明快な形姿を求めようとするその態度が高い評価を得たのである。サンセリフの系統からは、ノイエ・ハース・グロテスク、ユニバース、ヘルベチカのような、美麗かつ機能的で斬新(ざんしん)な書体が次々に生み出されている。
日本の書体では、縦線が太く横線の細い明朝(みんちょう)体がもっとも広く用いられている。明朝体では線端が強調されている。なお、線がほぼ一様に肉太であるゴシック体も、多用されるようになってきた。ただし日本でいうゴシック体が、ヨーロッパのそれとは正反対の、サンセリフ風書体であることは注意を要する。
これら活版用活字文字のデザインをタイプフェイス・デザインという。1980年代、活版印刷からオフセット印刷へ、活字植字から写真植字へと、印刷形式およびそれに伴う植字形態が大幅に変容したのに伴って、写真植字文字のデザインをもタイプフェイス・デザインとよぶことが多くなってきた。さらに1990年代以降、コンピュータやワードプロセッサーの普及によるドット・フォントやアウトライン・フォントなどのコンピュータ用文字の研究開発も盛んである。いずれの場合も、文字および文字群として、普遍性、汎用(はんよう)性、合理性などを重視した形姿が希求される。
[武井邦彦]
商品名や社名、催事名などの文字を、一つのまとまりとしてデザインするもの。印刷用語としてのロゴタイプは成語活字(1本の活字の中に何文字かを鋳込んだもの)の意味だが、デザイン用語としては、単に個々の文字の形姿が規定されているだけでなく、綴(つづり)字の順序や各綴字間のスペースまでも規定されている、創作された特殊制定文字の意に用いる。ロゴタイプ・デザインは特定の目的のためにデザインし、制度として使用してゆく文字であるから、個性的で印象的な表現であることが要請される。業種のイメージからかけ離れた形姿であってはならないが、同業他社とは明確な区別がなされるほどの、斬新で個別的な表情をもたせなくてはならない。したがって、普遍性とともに特殊性、汎用(はんよう)性とともに限定性、合理性とともに非合理性をも顧慮した形姿が目ざされることになる。
[武井邦彦]
デザイン活動の一環として行われるレタリングをいう。作品の制作イメージに合致する既成書体(活字文字書体・写植文字書体やコンピュータ用文字書体など)がないとき、新規に、効果的な文字形姿を創作しなければならない。そういうときには、タイプフェイス・デザインではなくロゴタイプ・デザインでもない文字デザインが行われる。これが真正、かつ狭義のレタリング・デザインであり、美的かつ効果的な形姿であることだけが目ざされる。普遍性、汎用性、合理性などの視座はかならずしも重要ではない。
今日の日本において、狭義のレタリング・デザインに接する機会はきわめて少ない。レタリング・デザインとよばれているものの実態を調べるならば、その大半はロゴタイプ・デザインである。なお、一般にはタイプフェイス・デザインをもレタリング・デザインとよんでいることが多い。
[武井邦彦]
『桑山弥三郎著『レタリングデザイン』(1969・グラフィック社)』▽『中田功著『レタリング入門』全2冊(1983・美術出版社)』▽『瀬野敏春著『基本レタリング入門』(1997・日本文芸社)』
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