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活字 かつじprinting type

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

活字
かつじ
printing type

活版印刷に用いる字型。四角な柱状の金属の頂端面に文字,記号を凸状に造形したもの。鉛を主成分にスズ,アンチモンを加えた3元合金で鋳造してつくる。宋の慶暦年間 (1041~48) に畢昇 (ひっしょう) が膠泥を利用してつくったのに始るといわれ,その後,元代には木製の活字が普及,15世紀の初めには朝鮮に伝えられて銅製の活字が生れた。一方ヨーロッパにおいては,1445年頃ドイツの J.グーテンベルクにより鉛合金の活字が鋳造されたのが初めで,これが現在の活字の基となっている。日本にヨーロッパ式の活字および印刷術が伝来したのは天正 18 (1590) 年のことであるが,その後キリシタン禁制とともに断絶,明治時代に入って官営の印書局,紙幣寮が創設され (1869) ,また長崎の本木昌造により民営の活版所が開かれるに及んで,ようやく活版印刷も盛んとなり,邦文活字にも種々の工夫がなされるようになった。しかし,最近では写植や CTSの発達によって,特別な場合を除いてその使用はきわめて少くなってきている。

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デジタル大辞泉の解説

かつ‐じ〔クワツ‐〕【活字】

活版印刷に使う凸型の字型。古くは木製、のちには方形柱状の金属の一端の面に、文字を左右反対に浮き彫りにしたもの。これを組み並べて活版を作る。大きさは、またはポイントで表し、新聞活字では倍数で表す。→活字書体
印刷されたもの。本や雑誌。「活字に飢える」「活字中毒」

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百科事典マイペディアの解説

活字【かつじ】

原則として1字ずつに分かれ文字面が凸形の版で,活版印刷に使用。活字合金母型に鋳込んで造る。11世紀以降,中国・朝鮮で粘土または木製の活字が使用されたが,近代的な洋式活字は15世紀半ばにグーテンベルクが発明した。
→関連項目罫線(印刷)植字横浜毎日新聞

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世界大百科事典 第2版の解説

かつじ【活字 type】

活版印刷において文字の印刷に用いる柱状のもので,頂面に1字ずつ凸状に刻んである。粘土に文字を彫って焼成した活字,木製の活字も利用されたが,現在では活字合金を用いた金属製のものが用いられている。
[活字の大きさ]
 活字は鋳造によって作られ,図1のような形をしている。肩から上の字面は母型で形づくられ,それから下の部分は鋳型で形づくられる。字面と肩の間の凹所を谷といい,印刷のとき汚れたり紙型をとるとき支障が起こらないように,ある程度の深さを必要とする。

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大辞林 第三版の解説

かつじ【活字】

活版印刷や和文タイプに用いる字型。活版用は鉛合金を、タイプ用は亜鉛合金を用いて方形柱状に作り、その頂面に文字類を左右逆に浮き彫りにしたもの。古くは陶土・木材などを材料としたが、1450年頃グーテンベルクが鉛合金の活字を考案し、実用化した。大きさを表すのに、日本ではポイントと号数を用いる。また、和文・欧文とも種々の書体がある。 → ポイント活字号数活字書体
印刷した文字。また、書物。 「論文を-にする」 「 -に親しむ」 「 -離れ」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

活字
かつじ
type

本来、活字とは活版印刷に用いられる字型のことで、高さ約23ミリメートルの金属の四角柱の頂面に文字が凸起していて、これらを組み合わせて版をつくり、印刷する。しかし1950年代以降の写真植字の普及に続いて、1980年ごろよりコンピュータによる文字の製作が盛んとなった。それでも印刷に使われる文字は活字とよばれ、本来の活字の用語や書体tape faceを伝承している。ただし、コンピュータ用の書体については、一般に書体の一揃えを意味するフォントfontということばが用いられている。[平石文雄・山本隆太郎]

歴史

中国の宋(そう)代の慶暦年間(1041~1048)に、畢昇(ひっしょう)が粘土に文字を刻し、焼いて扁平(へんぺい)な活字をつくった。この技術は一子相伝として公開されず、一般には普及しなかった。その約270年後の1313年、元(げん)の王(おうてい)が木活字をつくって自著の『農書』を出版した。また朝鮮では、高宗の時代の1227年に銅活字がつくられた。1403年には南山の麓(ふもと)に鋳字所を設け、数十万本の銅活字を鋳造したといわれ、この年の干支にちなみ「癸未字(きびじ)」と称される。1592年、朝鮮侵略に際して小西行長(ゆきなが)らが、朝鮮の王城内の校書館の庫内で銅活字と活字版の道具をみつけ、日本に持ち帰った。これは豊臣(とよとみ)秀吉から後陽成(ごようぜい)天皇に献上され、天皇は側近の者に命じ、活字版で『古文孝経』を印刷させた。これが日本の活版印刷の始めである。現存する日本最古の活字本は、1595年(文禄4)の木活字を使った『法華(ほっけ)玄義序』『天台四教儀集解』である。美しい装丁と本阿弥(ほんあみ)光悦の流麗な書体で有名な嵯峨本(さがぼん)(慶長(けいちょう)後半期)には草書体の木活字が使われている。しかし漢字はその種類が多く、多数の活字を必要とし、また粘土や木の活字は高さが不ぞろいで印刷しにくいため普及せず、その後の出版は主として木版であった。
 1445年ごろ、ドイツでヨハネス・グーテンベルクが、鉛とスズの合金を溶融し母型に流し込んで活字をつくることに成功した。この活字で印刷した『四十二行聖書』はマインツのグーテンベルク博物館などに現存する。これは従来の木活字などに比べ製造が容易で寸法が正確であったので、ヨーロッパ中に急速に広まった。
 西洋流の活字は、16世紀末に、キリスト教の宣教師であるイタリア人バリニャーノによって日本にもたらされたが、キリシタン禁制にあい消滅した。1848年(嘉永1)本木昌造(もときしょうぞう)はオランダ船がもってきた活字を買い、印刷所を創設した。その後、彼は、アメリカ人ガンブルWilliam Gamble(?―1886)から活字の製造法を教わり、また邦文活字の大きさの基準をつくって活版印刷を行った。これが日本における活字の出発点で、その後、製造方法、書体などがしだいに改良された。
 日本における活字の歴史でとくに大きな変化は、1950年代に入って新聞社で使用され始めた自動鋳植機(モノタイプ)の登場で、同時期に出現した写真植字機(写植)がコールドタイプとよばれたのに対して、この方式はホットタイプとよばれた。その後写植は、手動式のものから電子利用の文字発生機構を利用して一気に文字版組をする電算写植機(電算植字機)に変化したが、これはスピード至上の新聞社が電子機器メーカーと協力して完成したもので、1978年ごろのことであった。このころが、光学式写真植字機から電子式写真植字機に移行した時期とみてよいだろう。
 さらに大きな変化はコンピュータによるものであって、ディスプレー上で文字を組み、図版や写真も挿入できるといったシステムに移行している。基本となる活字(文字)はドット(点)構成が、その輪郭を描いて内部を塗りつぶす方法など何種類かの発生法があるが、前述のように書体はフォントという名称で活字書体の大半が引き継がれている。[平石文雄・山本隆太郎]

金属活字の材料と製法

金属活字は一般には鉛73~87%、スズ1~7%、アンチモン12~20%の三元合金である。この合金は、低融点、溶融した際の流動性、鋳造後の型離れがよく、活字の鋳造がしやすい。また、鋳造後の収縮が少なく、耐刷力があり、組版のとき活字が崩れないような粘性など優れた性質をもつ。特別な文字や不足文字を応急的に活字にする場合には、ツゲやサクラ材を使った木活字をつくった。これは、アルファベット圏でも使われたし、また日本でも活字の印刷が行われた末期まで使われた。
 金属活字をつくるには、溶融した活字合金を、母型を組み込んだ鋳型に流して鋳造する。母型は真鍮(しんちゅう)(黄銅)の角柱の側面または一端に文字面をもつ。この鋳型を活字鋳造機に入れて活字を鋳込み、冷却した活字の贅片(ぜいへん)(活字のへその緒、鋳口の部分にできるもの)をとって活字とする。鋳造機には自動活字鋳造機のほか、原稿に従って文字のキーを打ち母型を選び出して鋳造するものに、モノタイプ(1文字ずつ活字を鋳造)、ライノタイプ(1行ずつ活字を鋳造)がある。モノタイプもライノタイプも自動鋳植機とよばれるが、モノタイプは日本語が可能なため、日本でも使われた。[平石文雄・山本隆太郎・中村 幹]

金属活字の形と名称

金属活字は大小を問わず、その高さはすべて一定である。JIS(ジス)(日本工業規格)では23.45ミリメートルと定めているが、実際には各社まちまちで、23.32ミリメートルおよび23.45ミリメートルのものが使われていた。高さが不ぞろいであると組版した版面に凹凸が生じ、均一な印刷ができない。ネッキnick(活字の側面に刻まれた溝)は、文選(ぶんせん)や植字の際に、活字の背(字面(じづら)の上側側面)と腹(字面の下側側面)、大小、書体などを容易に区別するためにあり、1~3本ついている。和文活字の腹の断面は普通正方形で、文字は活字の面いっぱいにあるのではなく、上下左右に余白を残して正しく中央にある。文字を大きくすれば前後の文字に密着して読みにくいし、文字が小さいとやはり読みづらい。欧文活字は、上下の寸法は同じであるが、幅は文字によって異なる。[平石文雄・山本隆太郎]

活字の大きさ

金属活字に限らず、和文活字、欧文活字いずれも活字は天地の寸法で表される。[平石文雄・山本隆太郎]
和文活字
大きさの表示にポイント式、倍式、号式の3系列がある。ポイント式は世界各国で採用しているが、ヨーロッパ大陸とアメリカ・イギリスとでは多少の違いがある。日本はアメリカ式を採用し、JISに制定されている。ポイント式はポイントを単位とし(1ポイントは0.3514ミリメートル)、たとえば8ポイントの大きさの活字は、天地が0.3514mm×8≒2.811mmとなる。普通の文字印刷には6~10ポイントの活字が多く使われている。倍式はかつて日本の新聞活字の大きさを示すのに用いられていた基準で、u単位(0.2794ミリメートル)からなり、8uを1倍としている。1倍の活字は天地8u、すなわち2.2352ミリメートル、左右10u、すなわち2.794ミリメートルで扁平である。この活字が本文用に使われ、見出し用には1倍活字の天地の大きさの倍数で表した1倍半、2倍、3倍の活字が使われた。号式活字は明治初年に本木昌造が考案したもので、明治・大正時代にはこの方式によったが、しだいにポイント式にとってかわられた。号式活字は最大初号から最小8号までの9種類があった。これはスモールパイカsmall pica(欧文文字の大きさを表す英米の古い呼び名。1パイカは12米式ポイント)に近い鯨尺(くじらじゃく)1分を4辺とする活字を5号活字とし、(1)初号(4分)、2号(2分)、5号(1分)、7号(0.5分)、(2)1号(2.5分)、4号(1.25分)、(3)3号(1.5分)、6号(0.75分)、8号(0.375分)の3系列から成り立つ。[平石文雄・山本隆太郎]
欧文活字
大きさは、当初はまちまちであったが、現在ではディドー式とアメリカ式の2通りのポイント活字が使われている。ディドー式は、1770年ごろパリの活字業者ディドーFranois Ambrois Didot(1730―1804)が提案し、フランスの常用尺度1インチの72分の1を1ポイントとしたものである。当時のフランスの1インチはイギリスの1.065インチであったから、ディドーの1ポイントは0.3759ミリメートルである。ディドー式ポイントはフランス、ドイツなどヨーロッパ大陸で使われている。アメリカ式ポイントは、1886年全米の活字業者が集まり、マッケラー・スミス・ジョルダン会社のパイカの12分の1を1ポイントとした。この1パイカの活字の天地の長さは0.166044インチであったので、アメリカ式1ポイントは0.3514ミリメートルである。イギリスも1905年ごろからこの方式を採用した。前述したように日本のポイント活字はアメリカ式である。欧文文字は各文字の幅が違うので、活字も文字によりそれぞれ横幅が異なる。アメリカのベントンLinn Boyd Benton(1844―1932)はすべての活字の幅を1/6単位で定め、Mを1とし、7/6(W)、1、5/6(A)、4/6(abd)、3/6(ce)、2/6(l)の6種としたが、これでは幅の種類が少なすぎたため、その後12~15種類となった。またaからzまでの一組の活字の長さをもって幅を判断している。活字の幅は、可読性の点などから、活字が小さくなるほど縦横の比が大きい。以上は標準書体の活字であるが、幅の広い書体のエキスパンド体、幅の狭いコンデンス体もある。また、和文、欧文とも、二つ以上の文字や数字を一つの活字とした連字もある。[平石文雄・山本隆太郎]

活字の書体


和文活字
書体には明朝(みんちょう)体、ゴシックgothic体、教科書体、清朝(せいちょう)体、宋朝(そうちょう)体、アンチックantique体のほか、行書体、草書体、隷書(れいしょ)体などがある。明朝体は本文用として広く使われている。中国の明(みん)代(1368~1644)に使われたもので、横線は細く、縦線は太い(1対2~4)ので可読性がよい。ゴシック体は文字の線の太さが均一で肉太の書体である。注意をひくので見出しなどに使われる。ゴシック体の線の端に丸みのある丸ゴシック体も使われている。教科書体の文字は正確に筆記体を表しており、小学校の低学年用の教科書に使われている。清朝体は中国の清(しん)代(1636~1912)の書体を模している。筆書きの楷書(かいしょ)風で、挨拶(あいさつ)状や年賀状に使われる。宋朝体は上海(シャンハイ)の中華書局の創始といわれ、横線、縦線の太さがほぼ等しく、やや肩上がりの肉細の書体である。年賀状、名刺に使われる。アンチック体は肉太で丸みがあり、画線の太さは一様でない。絵本に使われる。正楷(せいかい)体は清朝体に似るが、感じがやや柔らかい。[平石文雄・山本隆太郎]
欧文活字
文字数が26文字と少なく、大文字、小文字、小文字の大きさの頭文字のほか、数字や記号を含め、150字程度であるが、書体は変化に富み、その種類は1万以上に達する。これは、標準書体に対し、文字の太さ、幅、筆法のはねを表すセリフserif(欧文活字の文字の始点あるいは終点にある小突起部であり、活字の書体の特徴を示す)の変化が多いからである。
 欧文活字は、本文用活字とディスプレー用活字とに大別される。本文用活字は歴史的な変遷があり、その種類は多いが、代表的なものはローマンroman体で、15世紀にイタリアで流行していた書体を活字にしたものであり、縦線と横線との太さの差をつけ、セリフがついている。ベネチアンVenetian、オールドフェイスold face、モダンフェイスmodern faceに区別され、基本的な形態を保ちながら、現在まで多数の書体を生んでいる。ベネチアンは15世紀ベネチアのジャンソンNicolas Jenson(1420ごろ―1480)らによりつくられた最初のローマン体で、太線と細線との差が少ない。オールドフェイスは15、16世紀につくられ、ベネチアンより太線と細線との差が大きい。モダンフェイスはボドニーGiambattista Bodoni(1740―1813)らによってつくられ、20世紀の初期に完成され、ローマン活字の主流になった。太線と細線との差がさらに大きく、セリフは細く平たい。ローマン体は和文活字の明朝体に相当し、文字組版に広く使われている。
 ディスプレー用活字のうちスクリプトscript体は筆書体を活字にしたもので、儀礼的な印刷物、広告などに使われる。アンチックは肉太のローマン体に角形のセリフがついている。スクエアセリフsquare serif(アメリカ)、エジプシアンEgyptian(イギリス)ともいう。ディスプレー、見出しに使われる。サンセリフsans serif, sanserifは文字どおりセリフがなく(sansはフランス語で「~のない」という意味)、文字線の太さは均一である。和文活字のゴシックに相当する。ディスプレー用のほか、本文や見出しに使われている。ゴシックは本来グーテンベルク時代からの書体で、古いドイツ文字(亀(かめ)の子文字)であるが、アメリカではサンセリフの活字をいう。イタリックItalicは斜体文字で、ローマン、アンチック、サンセリフにもイタリック体がある。[平石文雄・山本隆太郎]

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世界大百科事典内の活字の言及

【印刷】より


【歴史】

[源流]
 ふつう印刷術は中国に始まったと考えられており,その場合の印刷術は木版に文字を彫りそれに墨を塗り,上から紙をあて〈バレン〉のようなもので文字を刷りとる方法が行われたのである。現在広く行われている活字印刷に対し,これを〈整版〉と呼んでいる。こうした印刷は唐代(618‐907)に始まったと思われるが,しかしそれ以前から印刷類似の方法が中国やオリエントで行われていた。…

【活版印刷】より

…凸版式印刷の一種で,活字で組んだ版(活版)を用いるものをいう。それ以前の印刷版が木版のように1枚の板につくられたものであって,文字の抜き差しがむずかしかったのに対して,文字の組替えが自在にできるところから〈生きた版〉という意味で活版と名づけられた。…

※「活字」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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