改訂新版 世界大百科事典 「ロケット発射場」の意味・わかりやすい解説
ロケット発射場 (ロケットはっしゃじょう)
ロケット射場ともいう。ロケットを打ち上げるための施設を含む区域。
発射場の条件
ロケット発射場に関する自然,地理的および人為的条件として以下のものがある。
(1)緯度 一般的には低緯度,とくに赤道直下が望ましい。赤道直下から真東に発射されたロケットは地球の自転遠心力をもっとも効率よく利用できる。地球表面での仮想的人工衛星速度7.905km/s(第一宇宙速度)に対し,赤道直下で真東に発射する場合,地球自転周速度の分(0.464km/s)だけロケットの燃料を節約できるのは大きな利点である。さらに衛星の軌道傾斜角(衛星軌道面と赤道面のなす角)は,ロケット発射後に方位を曲げる(イヌの脚のような形に軌道を曲げることからドッグレッグdoglegと呼ぶ)ことをしないかぎり,発射点の緯度の値より小さくはできないという制約がある。これに対して発射点の緯度が赤道直下(緯度0°)であれば,理論的には任意の軌道傾斜角をもった衛星を打ち上げることができる。例えば静止衛星軌道(赤道上空,軌道傾斜角0度,高度約3万6000kmの円軌道)から極軌道(軌道傾斜角がほぼ90度の軌道)に至るまでドッグレッグなしに発射可能となる。ただし実際には後述の飛翔(ひしよう)保安の問題から発射方位に制限が課せられるため,赤道直下からの発射といえども,ドッグレッグなしには任意の軌道傾斜角を得られないのがふつうである。
(2)地上保安 発射場では大量の火薬類や危険物を扱うため,十分広い土地が必要である。また,付近に人家や多くの人間が出入りする工場や耕作地のできるだけ少ない地域に発射場は設置される。
(3)飛翔保安 発射後のロケットが正常に飛翔した場合のロケット各段の落下点に加え,万一故障した場合の飛翔経路,破壊されたロケットの破片の落下範囲を考慮して,人的・物的被害の出ないように発射場の位置や発射方向が決定されている。したがってソ連や中国のように飛翔経路直下や,ロケット落下点を人跡の少ない内陸部にとれる場合を除き,発射場は海に面した場所に設置されるのがふつうである。海に向かって発射する場合,海上航路,漁船,飛翔経路直下ないし落下点付近の陸地や島を考慮する必要がある。一般に陸地や島の存在によって発射方位は制限を受けるし,漁期との関係で発射期間が限られている発射場もある。海上航路のほか航空路も考慮されねばならない。
(4)天候 年間を通じ晴れの多い安定した気候であること,発射時のロケットの姿勢に影響を及ぼす風があまり強くないことなどが発射場の年間利用率を上げ,発射の天候待ちを減らす意味で有利である。
(5)輸送 発射場は前述の(2)(3)の理由から僻地に設けられるため,資材や人員の長距離輸送が必要となる。さらに重量物,大型物,危険物の輸送が多いから,陸・海・空いずれの交通路をとるにしても,発射場までの輸送確保は,発射場設置の必須条件である。
(6)電力,水利,支援など 良質で大量の電力や水が得られること,部品の調達や修理,発射場要員の宿舎などの便がよいことが望まれる。
ロケット発射場のコラム・用語解説
【世界の代表的ロケット発射場】
- ケネディ宇宙センター(アメリカ)
- フロリダ州ケープ・カナベラルにある大西洋に面した面積418km2の発射場。北緯28.5°,西経80.5°。ケネディ宇宙センターはNASA(ナサ)に所属,空軍のケープ・カナベラル基地の東部試射場(ETR)と隣接している。ここからの宇宙打上げは,アメリカ最初の人工衛星エクスプローラー1に始まり,アメリカの静止衛星,月および惑星の無人探査機,アポロ計画やスペースシャトルなどの有人宇宙船のすべてを含む。
- バンデンバーグ空軍基地(アメリカ)
- カリフォルニア州ロサンゼルスとサンフランシスコのほぼ中間にある太平洋に面した発射場。北緯34.6°,西経120.6°。面積は390km2。西部試射場(WTR)とも呼ばれる。真南に向けて発射が可能で,このため極軌道衛星打上げに適する。資源探査衛星,偵察衛星,航行衛星など多くの極軌道衛星が打ち上げられ,宇宙打上げ回数はケープ・カナベラルを上回る。1980年代半ばからはスペースシャトルの極軌道任務の発射が行われる。
- ワロップス飛行センター(アメリカ)
- バージニア州の大西洋に面したワロップス島にあるNASAの発射場。北緯37.8°,西経75.4°。面積は27km2。スカウトロケットによる小型科学衛星打上げのほか,多数の観測ロケットを発射しており,ロケット発射総数ではアメリカ一である。
- チュラタム基地(ソ連)
- アラル海の東,チュラタムの真北にあるソ連最初の宇宙打上げ基地。別名バイコヌール基地。北緯45.8°,東経63.3°付近を中心に東西100km,南北50kmの広大な地域に施設が散在している。通常の打上げは北東方向に行われる。世界初の人工衛星スプートニク1やガガーリンの乗ったボストーク1をはじめ,無人惑星探査機,ソユーズやサリュートなどの有人宇宙船のすべてを打ち上げている。
- ボルゴグラード基地(ソ連)
- 北緯48.5°,東経46.3°,ボルガ川の東岸カプースチン・ヤルの町の近くにある。セルゲイ・コロリョフらがドイツのV2を用いてロケット実験を行った場所が発展し,数千km2の広さをもつ発射場となった。数多くの観測ロケット発射のほか,コスモスおよびインターコスモス系の科学衛星,特定の軍事衛星の打上げが行われている。発射方向は通常北東である。
- プレセーツク基地(ソ連)
- 主として軍用ミサイルや偵察用衛星を打ち上げる発射場。北緯62.9°,東経40.9°。面積は2000km2程度。4~5日間に1個程度の頻度で北東方向に向けて極軌道衛星を発射している。通信衛星モルニヤはここから打ち上げられた。
- 東風センター(中国)
- ゴビ砂漠のはずれ,内モンゴルの双城子の町の近くにある。北緯41.3°,東経100°。面積は3000km2程度。中国の打ち上げた人工衛星はいずれもここから発射された。
- サン・マルコ発射場(イタリア)
- アフリカのケニアの東海岸沖(南緯2.9°,東経40.2°)に設置された1辺40mの三角形をした移動式発射台を用いる,イタリアの民間団体による発射場。アメリカのスカウトロケットを用い,赤道軌道へ科学衛星を打ち上げている。
- クールー発射場(ESA)
- 南アメリカのフランス領ギアナの海岸(北緯5.3°,西経52.8°)にある面積1000km2の発射場。別名ギアナ宇宙センター。当初フランスのディアマンロケットによる衛星打上げが行われていたが,現在はESA(イーザ)(欧州宇宙機関)によってアリアンロケットの発射が行われている。
- 内之浦宇宙空間観測所(日本)
- 鹿児島県肝付町にある太平洋に面した面積2km2の発射場。北緯31.3°,東経131°。文部省宇宙科学研究所(前身は東京大学宇宙航空研究所)の手で,多くの観測ロケットとほぼ1年に1個の割合でミューロケットによる科学衛星が打ち上げられていた。日本初の人工衛星おおすみはここから発射された。
- 種子島宇宙センター(日本)
- 鹿児島県の種子島にある宇宙航空研究開発機構の発射場。北緯30.4°,東経131°。面積は8km2。小型ロケット用の竹崎射場と衛星用の大崎射場があり,大崎射場からは気象衛星,通信衛星などが打ち上げられている。静止衛星を打ち上げた発射場としては世界で3番目である。
- スリハリコタ発射場(インド)
- 北緯13.8°,東経80.3°,インド東海岸スリハリコタ島にある面積145km2の発射場。観測ロケットのほか,インド国産のSLV3ロケットにより衛星打上げが行われている。
発射場の地上設備
発射場にはロケット発射の準備から発射後の追跡に至るまでの作業に対応して,発射準備設備,発射設備,管制設備,地上局,管理および支援設備が必要である。これらはそれぞれコンプレクスcomplex,あるいはセンターcenterと呼ばれる。
(1)発射準備設備 発射場に搬入されたロケットの各部分や搭載機器,衛星の荷卸しに始まる発射準備作業に必要な施設,設備。ロケットの組立整備室,搭載機器や制御装置の点検調整室,衛星整備室,推進剤貯蔵所,火薬庫などの施設とクレーン,台車類,点検および試験装置,治具工具類などの設備からなる。液体燃料のロケットの場合,発射前にエンジンの地上燃焼試験を行う施設を有する場合もある。ロケット全体の組立ては,組立整備室で行って完成したロケットを台車やトレーラーで発射点に運搬する方式と,組立整備室では部分的な組立整備のみ行い,順次発射点の整備塔へ運搬,そこで完成させる方式がある。
(2)発射設備 整備塔,発射台,推進剤や高圧ガスの供給装置,発射時までロケットに接続されている配管配線類を支持するアンビリカル塔,発射時の火炎を逃がす火炎偏向装置などから構成される。整備塔は発射点でロケットを組み立て最終整備を行う施設で,移動式と固定式があり,ロケットを垂直にして組み立てる場合は多層階構造,水平に組み立てる場合には低層のドーム型式となる。発射台はランチャーともいい,発射時までロケットを保持し安全に発射させる装置で,ロケット下端を保持する方式と,ランチャーブームと呼ばれる梁構造をロケットに沿わせ,数点で保持する方式がある。垂直発射されるロケットの発射台はほとんど前者の方式で,斜め発射の場合は後者が用いられる。ランチャーブームにはロケット走行用レールのあるものとロケット保持用のピンを用いるものがある。発射台にも固定式と移動式があり,後者には組立整備室からの運搬台車がそのまま発射台になる場合も含まれる。アンビリカル塔は固定式と発射時に移動ないし転倒する方式がある。ランチャーブームがアンビリカル塔兼用になっているもの,また宇宙飛行士搭乗用エレベーターと搭乗用タラップをもつアンビリカル塔もある。
(3)管制設備 発射準備から発射およびロケットの落下,または衛星の軌道投入に至るまでの全作業の指揮,監督を行う。発射までの作業の指揮を行う発射管制室と,地上保安および飛翔保安を担当する指令センターに分けられている場合が一般的である。発射管制室はふつう発射点近くの耐爆室(ブロックハウス)にあり,発射台の操作,ロケットへの推進剤や高圧ガスの供給,発射前の最終点検,点火などがここから定められた手順に従って遠隔操作で行われる。この手順を秒読み(カウントダウンcountdown)と呼ぶ。指令センターは,発射前の場内および陸・海・空の監視,気象状況,発射後の状況の把握などにより総合判断を行い指令を発する発射場の中枢である。このための連絡通信設備,テレビなどの監視装置,気象観測設備,標準時刻装置のほか,ロケット発射後の飛翔経路,速度,姿勢,現在位置,落下予想点などの表示設備が必要である。
(4)地上局 ロケットの現在位置を標定する追跡レーダーとロケットから電波で送られるデータを受信するテレメーター装置,ロケットへの指令電波送信装置およびそれらのアンテナ類,光学追跡装置,データ解析および軌道計算用コンピューターなどから構成される。追跡レーダーは追跡精度などを増すため,最低数km離れた位置に2ヵ所以上設置されるのがふつうである。ロケットの飛翔距離が長く,発射場からでは追跡不能になる場合には,飛翔経路直下付近に別の地上局(ダウンレンジ局)が設けられる。なお,衛星が軌道に投入された後の追跡とデータ取得を行う衛星地上局は,発射場内にある場合と別の場所に設置される場合とがある。
(5)管理および支援設備 発射場における管理事務センター,電力施設,水利施設,工作工場,部品センターなどが含まれる。とくに良質,大量の商用電力や水の確保がむずかしい発射場では,自家発電装置や貯水池を有する場合もある。
執筆者:上杉 邦憲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報