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アイヒホルン Eichhorn, Johann Gottfried

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アイヒホルン
Eichhorn, Johann Gottfried

[生]1752.10.16. デレンツィンメルン
[没]1827.6.27. ゲッティンゲン
ドイツの聖書学者。オリエント学者。ゲッティンゲン大学に学び,イェナ大学の東方言語学教授 (1775) ,ゲッティンゲン大学哲学教授 (88) となる。聖書と他のセム語諸文献との比較研究を行なった。また聖書の資料批判を行なった最初期の研究者の一人。『創世記』をJ (ヤハウィスト資料) とE (エロヒスト資料) との2つの資料群に分類し,かつ,『出エジプト記』『レビ記』『民数記』中の祭司法を申命記法と区別した。「高等批評」という術語は彼に由来する。主著"Historisch-Kritische Einleitung in das Alte Testament" (3巻,1780~83) ,"Einleitung in die apokryphischen Bücher des AT" (79) 。

アイヒホルン
Eichhorn, Karl Friedrich

[生]1781.11.20. イェナ
[没]1854.7.4. ケルン
ドイツの法学者。 1817~29年ベルリン大学教授。 F.サビニーとともに『歴史法学雑誌』 Zeitschrift für Geschichtliche Rechtswissenschaftを創刊。ゲルマン法制史研究における歴史学派の祖とされる。主著『ドイツ私法入門』 Einleitung in das deutsches Privatrecht。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アイヒホルン
あいひほるん
Karl Friedrich Eichhorn
(1781―1854)

ドイツの法学者。神学者ヨハン・ゴットフリート・アイヒホルンの子。ゲッティンゲン大学で、ピュッターとシュレツァーから国法学、帝国史、政治学を、フーゴーから歴史法学を学んだ。1803年同大学の講師を経て、1805年以後フランクフルト・アン・デア・オーデル、1811~1816年ベルリン、1817~1829年ゲッティンゲン、1832~1833年ふたたびベルリンの各大学の教授を歴任した。1834年以後は、官吏として要職につき、1847年に退官。主著『ドイツ国家―法制史』(1802~1823)によりドイツ法制史の父とされる。また、サビニーと並ぶ歴史法学派の定礎者として知られ、サビニー、ゲシェンに協力して、1814年から『歴史法学雑誌』を刊行し、自らも「ドイツ法の歴史的研究について」などの論文を寄稿した。主著に、前記のほか『ドイツ私法序説』(1823)がある。[杉田孝夫]

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