歴史法学(読み)れきしほうがく(英語表記)historical jurisprudence

日本大百科全書(ニッポニカ)「歴史法学」の解説

歴史法学
れきしほうがく
historical jurisprudence

法の歴史的性格を重視し、これを民族の文化総体との連関でとらえようとする方法論的立場、あるいはこの方法による実証的研究をいう。19世紀初頭のドイツに興り、イギリスやフランスの法理論にも少なからぬ影響を与えた。その同調者は歴史法学派とよばれる。

 ドイツの歴史法学は、法源の歴史的な探究を提唱したフーゴーを先駆者とするが、これに方法的基礎づけを行ったのはサビニーである。民法典編纂(へんさん)論に反対して書かれた『立法および法学に対する現代の使命』(1814)においてサビニーは、法は言語と等しく民族の共同の確信(民族精神)によって有機的に生成するとの観点から、啓蒙(けいもう)主義的自然法論による立法作業を批判するとともに、慣習法研究の必要と歴史主義的法学の構築を訴えた。この法典論争を契機にサビニーは『歴史法学雑誌』を創刊して学派を形成したが、彼自身のその後の研究は民族法たるゲルマン法ではなく、もっぱらローマ法を対象とした。ローマ法を純粋化して法的概念を抽出する試みは、近代私法学の体系を準備したとはいえ、イェーリングらによりむしろその非歴史性が指摘されている。

 歴史法学の当初のロマン主義的な綱領に忠実であったのは、サビニーの弟子J・グリムである。彼は『歴史法学雑誌』に「法の内なるポエジー」と題する論文を寄せて、古ゲルマンの慣習法にみられる法的言語の象徴的性格に着目した。いわゆるグリム童話や『ドイツ語辞典』における民俗学的なハレ言語学的業績は、グリムにとって慣習法研究と一体のものと考えられていた。

 イギリスの歴史法学としては、メーンの『古代法』(1861)に展開された法発展論や、ビノグラドフによる歴史的法理念型の理論がある。ともに分析法学の思弁性を批判して法と社会のかかわりを追究した点に意義がある。フランスでは、歴史学者のミシュレやフェステル・ド・クーランジュに、歴史法学的傾向が認められる。

[堅田 剛]

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旺文社世界史事典 三訂版「歴史法学」の解説

歴史法学
れきしほうがく

19世紀の,特にドイツで広まった,法の民族的特性を重視する法学
19世紀初めにサヴィニーにより確立され,以後約1世紀にわたりドイツ法学の主流となった。サヴィニーは,ベンサムの功利主義法学がすべての民族にあてはまる法体系を主張したのに対して,法の歴史性,民族的個性を主張した。

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百科事典マイペディア「歴史法学」の解説

歴史法学【れきしほうがく】

19世紀初めサビニーを中心にしてドイツに興った法学派の理論をいう。法は民族の歴史の自生的・必然的所産であり,自然法論的な思弁で人為的に作られるものではないとして,民族精神や法現象の歴史的・実証的研究を重視。法実証主義の先駆をなす。
→関連項目自然法歴史学派ロッシャー

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精選版 日本国語大辞典「歴史法学」の解説

れきし‐ほうがく ‥ハフガク【歴史法学】

〘名〙 (historische Rechtswissenshaft の訳語) 法の歴史性を強調し、法制法則発達と現状とを歴史的観点から研究して、法律の原理を究明しようとする学問

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デジタル大辞泉「歴史法学」の解説

れきし‐ほうがく〔‐ハフガク〕【歴史法学】

法の生成と発展を、歴史的観点から研究する立場を強調するもの。19世紀初めにドイツに興った理論。

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世界大百科事典 第2版「歴史法学」の解説

れきしほうがく【歴史法学 historische Rechtswissenschaft[ドイツ]】

19世紀初頭にドイツのF.K.vonサビニーによって樹立され,その後1世紀の間ドイツ法学をほぼ支配した学派の研究およびその理論を指すが,ときにこの学派の影響下に成立したイギリスのメーンP.G.ビノグラドフ,あるいはフランス・ベルギーのバルンケーニヒL.A.Warnkönig等の学説を含めることもある。 宗教的世界観の呪縛(じゆばく)からの人間精神の解放を前提とし,近代科学の成果に立脚しているという点で,歴史法学は近代自然法論と共通の基礎を有していた。

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世界大百科事典内の歴史法学の言及

【ドイツ】より

…ドイツにおいては,そうした法律学はいくつかの〈自然法法典〉,たとえばプロイセン一般ラント法を生みだすにいたった。しかし,啓蒙絶対主義のもとでの立法(〈相対的自然法〉)に対する批判は,それまでのドイツ法の発展を担ってきた大学法学部の専門法律家のあいだには根強いものがあり,フランス革命の招来した恐怖政治などに如実に示された無批判的理性法論の哲学的破算とともに,そうした批判は,19世紀前半の歴史法学という形態をとって出現したのである。 歴史法学は,近代自然法論(理性法論)による法の恣意的定立を強く批判し,法形成の淵源を〈民族の精神〉に求め,法の伝統的有機的発展を説いたことで知られているが,その表面的な言表はともあれ,その実質において方法的には自然法論の体系学を,内容的には普通法論の現代的慣用を継承しつつ,〈現代ローマ法体系〉,すなわち統一ドイツ市民法体系を構想しようとするものであり,資本主義的要求を掲げるドイツの市民階級の法学的世界観に合致するものであった。…

【パンデクテン】より


[パンデクテン法学]
 18世紀末以降,ドイツにおいても私的自治の領域としての市民社会が成立することになる。自然法論による法概念の形成および体系化の作業のあと,この私的自治の法としての私法の体系を完成したのは,サビニー歴史法学に発するパンデクテン法学である。サビニーは歴史主義的主張によって歴史法学を基礎づけると同時に,ローマ法を手がかりとする体系の構築(立法においては学説による)をもって実定法的秩序の変革を目ざした。…

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