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アフマッド・アミーン Aḥmad Amīn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アフマッド・アミーン
Aḥmad Amīn

[生]1886. カイロ
[没]1954.5.30. カイロ
エジプトの文学者。エジプトの社会と文芸の革新に努めた。シタデルに近いマンシーヤという町に生れた。父は小さなモスクのイマーム (導師) をつとめるかたわらアズハル大学でも教えていた。アフマッドも初等教育を終えたのちアズハル大学に入り,アブドゥフの講席にも加わり,深い感銘を受けた。しかし,そこになじまず,一時タンターやアレクサンドリアで小学校の教師をした。 1907年新設のカーディー (法官) 養成学院に入り,11年卒業。同校の助手として倫理学を教え,やがて正教員となったが,21年に在職 15年である事情で教職を追われ,地方の裁判官に左遷された。 26年エジプト大学 (現カイロ大学) 文学部に招かれてアラビア語文学の講師となり,39年文学部長。 41年その任を辞し,46年文学部を退職,その後いくつもの要職についた。ヘリオポリス (ミスルル・ジャディーダ) の一つの通りは彼の名で呼ばれる。 14年に約 80人の同志とともに設立し,みずから委員長となった「著作・翻訳・出版委員会」 Lajnat al-Ta'līf wa'l-Tarjamah wa'l-Nashrは,エジプト国民の解放と発展を目的としたもので,他の同目的の諸機関を抜いて長く続き,39年から機関誌『サカーファ』 al-Thaqāfahを出し,18~52年に2万部以上の書物を刊行した。彼の著作は3種に大別される。1種はイスラム文化史に関する一連の力作で,ムスリムの手に成る最初の大河的文化展望史である。 622~750年を扱った『イスラムの黎明』 Fajr al-Islām (1929) ,750~847年を扱った『イスラムの午前』 Ḍuḥā al-Islām (3巻,33~36) ,848~1022年を扱った『イスラムの正午』 Ẓuhr al-Islām (4巻,45~55) ,全部を再展望した『イスラムの日』 Yaum al-Islām (52) がある。2種はアラビア語古典文学書の校訂で,おもなもの6種を数える。3種は7つの定期刊行物に発表したおびただしいエッセーで,10巻 (うち2巻は没後刊) にまとめられ『ファイドゥル・ハーティル (思想の溢出) 』 Faid al-khāṭirと題して刊行されている。

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