日本大百科全書(ニッポニカ) 「アブシシン酸」の意味・わかりやすい解説
アブシシン酸
あぶししんさん
abscisic acid
植物ホルモンの一種。ABAと略記する。アブシジン酸ともいったが、1998年(平成10)発行の日本動物学会、日本植物学会編による『生物教育用語集』では、それまでのアブシジン酸からアブシシン酸に変更した。ABAは二つの異なった研究によって発見された。ワタの未熟果実の落果を研究していたアメリカのアディコットF. T. Addicottの研究グループは、ワタの果実から落葉促進物質アブシシンabscisinⅡを単離し、1965年(昭和40)に同グループの大熊和彦らがその化学構造を決定した。他方、樹芽の冬期休眠を研究していたイギリスのウェアイングP. F. Wareingの研究グループは、カバノキの仲間Betula pubescenceの葉から休眠誘導物質を単離し、ドルミンdorminと名づけた。1965年、ドルミンはABAと同一物質であることがイギリスのコーンフォースJ. Cornforthによって確認され、名前の混用を避けるため、1967年の第6回国際植物生長物質会議の際、「アブシシン酸」という名前に統一された。
ABAは、外から与えると植物の成長は一般に抑制されることが多い。休眠中の種子、樹芽、球根などには多量に含まれる。とくに種子では胚(はい)の未熟発芽を防ぎ、完熟種子の休眠状態を維持するために必要である。トウモロコシには種子ができても母植物体に着生したまま発芽してしまう何種類かの胎生(たいせい)突然変異体があるが、これらの植物ではABAの含量が正常よりもずっと少ない。ABAは葉の気孔の閉鎖に必要である。植物体は水分欠乏の状態に置かれるとABA合成が盛んになり、気孔が閉じて葉からの蒸散による水分消失を防ぐ。フラッカflaccaというトマトの突然変異体はABA合成が少ないため、気孔は閉じることがない。この植物は水耕しなければならない。このほか、ABAはある種のタンパク質や溶質の蓄積促進をとおして、植物体を乾燥ストレスや低温ストレスから守る働きももっている。
ABAは炭素数15のセスキテルペンの一種で、天然のものはS型である(ABAの正式な化学名は、(S)-(+)-abscisic acidで、S型とはR型に対するもので化学構造に含まれる不斉炭素の立体配置を表す)。種子植物では葉緑体内でカロチノイドのビオラキサンチン(炭素数40)からキサントキシン(炭素数15)が合成され、その後、細胞基質でABAに転換される。
[勝見允行]
『増田芳雄著『植物生理学』(1988・培風館)』▽『倉石晋著『植物ホルモン』(1988・東京大学出版会)』▽『勝見允行著『生命科学シリーズ 植物のホルモン』(1991・裳華房)』▽『増田芳雄編著『絵とき 植物ホルモン入門』(1992・オーム社)』▽『高橋信孝・増田芳雄編『植物ホルモンハンドブック』下(1994・培風館)』▽『日本動物学会・日本植物学会編『生物教育用語集』(1998・東京大学出版会)』▽『小柴共一・神谷勇治編『新しい植物ホルモンの科学』(2002・講談社)』