コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

アルバジン Albazin

2件 の用語解説(アルバジンの意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

アルバジン【Albazin】

アムール川(黒竜江)の北岸ブラゴベシチェンスクの上流約450kmにあったロシアの城塞。その地は今日のロシア連邦アムール州に属する。清朝ではこの地を雅克薩(ヤクサ)と呼んだ。1651年ロシアは東部シベリア開拓の前進基地としてここに城塞を築いた。以来アムール沿岸地方の領有をめぐってロシアと清との間に緊張が生じ,ついに1685‐86年に2度にわたって両国の間に武力衝突が起こり,ロシアは敗れてアルバジン城は撤去されたが,89年のネルチンスク条約によりその地はロシアの領有に帰した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アルバジン
あるばじん
Албазин Albazin

ロシア連邦東部、アムール川(黒竜江)北岸にあったロシアの要塞(ようさい)。中国側資料ではヤクサ(雅克薩)。1651年ロシア人ハバロフЕрофей Павлович Хабаров/Erofey Pavlovich Habarov(1610ころ―1667)の探検隊が占領して根拠地とし、派遣された清(しん)軍を破った。ハバロフの仕事はコサックのステパノフが引き継ぎ、流域地方の遠征を繰り返したが、1658年清軍に破られ、アルバジンは奪還された。しかし、ロシア人はふたたび占領、1674年ごろ再建、司令官トルブジンが駐在した。その後、清軍の包囲、ロシア軍の撤退と占領があり、ネルチンスクでロシア・清間の交渉が行われた結果、1689年清領と確定し(ネルチンスク条約)、城塞は撤去された。その後、1858~1860年に愛琿(アイグン)条約および北京(ペキン)条約によってふたたびロシア領となった。[木村英亮]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

アルバジンの関連キーワード愛琿条約アムール川ウスリー川黒竜江アムール川鉄橋ブラゴベシチェンスキー寺院ブラゴベシチェンスキー大聖堂Благовещенскブラゴベシュテンスカ教会高橋庄之助

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone