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エフゲニー・プルシェンコ えふげにー・ぷるしぇんこ Evgeni PLUSHENKO

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知恵蔵2015の解説

エフゲニー・プルシェンコ

ロシアの男性フィギュアスケート選手(男子シングル)。
1982年11月3日ロシア(旧ソ連)ハバロフスクのソルニェチヌイ(Solnechni)に生まれ、4歳で母親の勧めによりユビレイニー・スポーツクラブにてスケートを始める。11歳のときソ連崩壊の影響を受けてリンクが閉鎖となり、単身、トレーニングの拠点をサンクトペテルブルクに移す。以来、アレクシイ・ミーシンに師事する。振付師はデイビッド・アブディシュ。
16歳のとき世界最年少で旧採点システムにおいて6.0点満点を出し、以後、新採点システム導入までに75回の満点を獲得した。2002年、ISU公式競技会(ロシア杯)において世界で初めて4回転トーループ・3回転トーループ・3回転ループのコンビネーションジャンプを成功させるなど、数々の前人未踏ジャンプ成功を達成している。また、シニアの男性選手としては世界で初めてビールマン・スピンを演技に取り入れていた。しかし、05年に鼠径部の手術を受けた後は封印している。技術面だけでなく圧倒的な表現力も兼ね備え、08年のユーロビジョン・ソングコンテストでは優勝曲「Believe」のパフォーマンスの一部としてステージ上でスケート演技を行うなど、芸術性の高さに定評がある。
02年ソルトレークシティー五輪で銀メダル、06年トリノ五輪で金メダルを獲得。世界選手権優勝3回、ヨーロッパ選手権優勝6回、グランプリファイナル優勝4回。
トリノ五輪優勝後、いったん競技生活を退くが、07年世界選手権でのロシア勢の不振をきっかけに07/08シーズンに向けて競技生活へ復帰することを宣言。10年バンクーバー五輪出場にも意欲を示した。膝の半月板除去手術を経て、09年3月にアレクシイ・ミーシンの下で本格的なトレーニングを行っていることを発表。09/10年シーズン開幕に競技へ復帰し、圧倒的な強さで優勝を重ね、バンクーバー五輪の出場権も得た。復帰にあたり、07年から務めていたサンクトペテルブルク立法議会議員の職を退き、フルタイムの競技者となる。議員時代には14年冬季五輪のソチへの招致運動にも参加し、開催地決定に貢献した。
パーソナルベストは、総合点が06年2月16日トリノ五輪での258.33点、ショートプログラムは10年1月20日ヨーロッパ選手権での91.30点(新採点システムでの世界最高点)、フリースケーティングでは06年2月16日トリノ五輪での167.67点。
09/10年シーズンのショートプログラムの曲目はアランフェス協奏曲、フリースケーティングの曲目はタンゴ・アモーレ。フリースケーティングの音楽は、これまで一貫してバイオリニストのエドウィン・マートンが編曲を担当している。エキシビションやアイスショーではマートンの実演奏に合わせて演技することがある。
05年にマリア・イェルマークと結婚し、長男をもうけるが08年に正式に離婚。09年9月にヤナ・ルドフスカヤと再婚した。
身長178cm。趣味は車、コンピューターゲーム、バレエ

(葛西奈津子  フリーランスライター / 2010年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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