オリビア ニュートン・ジョン(英語表記)Olivia Newton-John

20世紀西洋人名事典の解説

オリビア ニュートン・ジョン
Olivia Newton-John


1948.9.26.(9.28.説あり) -
英国の歌手,俳優。
ケンブリッジ生まれ。
大学教授の父のメルボルン勤務に伴い、一家でオーストラリアに移住。1967年アマチュア・バンドを結成。’70年イギリスに戻り、翌’71年レコード・デビュー。’73年「レット・ミー・ビー・ゼア」の大ヒットにより、アメリカのグラミー賞を獲得して一躍人気歌手となり、以後続々とヒット曲を生む。’78年映画「グリース」に主演して大成功を納める。’84年に結婚した俳優マット・ラッタンジーとの間に一女を儲ける。作品は他にレコード「愛の告白」、映画「ザナドゥ」(’80年)等。環境問題に関心が深く、’89年に国連環境計画親善大使

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

現代外国人名録2012の解説

オリビア ニュートン・ジョン
オリビア ニュートンジョン
Olivia Newton-John


国籍
英国

専門
歌手;女優

肩書
国連環境計画(UNEP)親善大使

生年月日
1948/9/26

出生地
英国 ケンブリッジ

出身地
オーストラリア

経歴
5歳の時、英国からオーストラリアに移住。14歳でテレビのタレント・コンテストで優勝。16歳で英国に戻り、高校在学時にアマチュアバンド“ザ・ソール・フォー”を結成。1966年英国で歌手デビューし、’71年「イフ・ノット・フォー・ユー」で米国デビュー。’73年2枚目のアルバム「レット・ミー・ビー・ゼア」で一躍注目を集め、グラミー賞を獲得。以後「愛の告白」(’74年)、「そよ風の誘惑」(’75年)、「ジョリーン」(’76年)、「カントリー・ロード」(同)、「ザナドゥ」(’80年)、「フィジカル」(’81年)など数多くのヒットナンバーを出す。世界で5000万枚、日本でも500万枚を売り上げた。一方、映画「グリース」(’78年)、「ザナドゥ」(’80年)などに出演し、女優としても活躍。環境問題に関心が深く、’70年代イルカ保護に尽力。’89年国連環境計画(UNEP)の親善大使に就任、環境保護キャンペーンにも乗り出す。’92年乳がんの手術を受け、’94年末カムバック。2000年9月シドニー五輪開会式で同じオーストラリア出身のロック歌手ジョン・ファーナムと共に「Dareto Dream」を歌う。1972年クリフ・リチャードの日本公演にコーラスとして参加。’90年9年ぶりに来日。2003年ベストアルバム「オリビア・ニュートン・ジョン」をリリースし、25年ぶりの日本公演を開催。歌手活動の傍ら、乳がん早期発見の啓発に力を注ぎ、2009年その活動の一環で来日。2010年ファンの人気投票結果を反映した日本盤だけのベストアルバム「オリビア・ニュートン・ジョン40/40〜ベスト・セレクション」をリリース、日本公演も行う。2008年6月米国の実業家ジョン・イースターリングと再婚。

受賞
OBE勲章 グラミー賞(カントリー最優秀女性歌手,第16回)〔1973年〕「レット・ミー・ビー・ゼア」;グラミー賞(最優秀レコード・ポップス最優秀女性歌手,第17回)〔1974年〕「I Honestly Love You」;グラミー賞(ミュージック・ビデオ最優秀作品,第25回)〔1982年〕「Olivia Physical」

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2012」(2012年刊)現代外国人名録2012について 情報

367日誕生日大事典の解説

オリビア ニュートン・ジョン

生年月日:1948年9月26日
歌手;女優

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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