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ガザ撤退 がざてったい

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知恵蔵2015の解説

ガザ撤退

タカ派として知られていたイスラエルシャロン首相が2005年8月、ガザ地区の21の入植地に生活していた8000人のユダヤ人を、9月にイスラエル軍を撤退させた。ヨルダン川西岸地区でも4カ所の入植地を撤去した。イスラエルとエジプトに挟まれ地中海に面したガザは交通の要衝として栄えてきた。1948年の第1次中東戦争でエジプトの、そして67年の第3次中東戦争でイスラエルの支配下に入った。ガザには約140万人のパレスチナ人がいるが、面積はわずか365平方キロで、種子島よりも狭い。その4分の1、耕地の4割と水資源の多くをユダヤ人が支配していた。ガザは世界で最も人口密度の高い地域である。撤退の決断の背景には、人口比の面からみてイスラエルが占領し続けるのが困難であるとのシャロンの判断があった。ヨルダン川西岸においても、分離壁を建設して占領地の土地を併呑しつつ、パレスチナ人をその外側に置こうとしている。パレスチナ人の人口密集地域を支配地域から切り離し、イスラエル国家のユダヤ性、つまりイスラエル支配下の住民の多数がユダヤ人であるという状況を維持しようとするのがシャロンの意図であった。ガザ地区からの撤退をヨルダン川西岸地区のさらなるユダヤ化への道程とみなしていたようである。一方、この撤退をパレスチナ急進派ハマスは自爆を含む自らの戦術の勝利と見なしている。イスラエル撤退後、ハマスとPLO主流派のファタハの対立が起こっている。撤退したとはいえ、イスラエルはガザの出入り口の支配を続けており、ガザは巨大な監獄とも見える。こうした状況でガザの経済が発展できるのかが懸念される。

(高橋和夫 放送大学助教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

ガザ撤退

イスラエルのシャロン首相(当時)は2005年8月にガザ地区にあった入植地で暮らす約8千人を退去させた。同時期にヨルダン川西岸の小規模入植地4カ所も解体した。ガザ撤退表向きの理由は「占領終結」だったが、パレスチナ自治政府と合意はなく、イスラム組織ハマスなどの攻撃から入植者を守る対応が重荷になったことが要因とみられる。

(2010-08-25 朝日新聞 朝刊 1外報)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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