改訂新版 世界大百科事典 「キムバンキエウ」の意味・わかりやすい解説
キム・バン・キエウ (金雲翹
)
Kim Van Kieu
漢字とチュノムで書かれたベトナムの長編叙事詩。《金雲翹新傅》《断腸新声》ともいう。グエン(阮)朝の勤政殿学士グエン・ズーNguyen Du(阮攸。1765-1820)が青心才人の筆名による作者不詳の中国清初の章回小説《金雲翹傅》を,ベトナム特有の六八体詩3524行に翻訳したもの。単なる翻訳文学に終わらず,俗語を用いた民族語詩の典型を完成し,近代ベトナム語の形成に大きく寄与した。ベトナム人の心理と倫理観を巧みに表現した国民文学とも評価されるが,恋人キム・チョン(金重)を妹のトゥイ・バン(翠雲)に托して苦界に身を投じたトゥイ・キエウ(翠翹)の物語を明代を時代背景に描き,それらの人名から各1字を採って題名とした中国の佳人流離譚であることに変りはない。原本は,嘉靖年間(1522-66)の倭寇討伐の実録に見える征倭淅江巡撫総督胡宗憲に討たれた倭寇の頭目,徐海と,愛妾王翠翹の周辺に取材した通俗小説である。グエン・ズーの六八体長編詩では苦界から翠翹を救った徐海が民衆の味方で,胡宗憲は冷酷な敵役として歌われている。
執筆者:川本 邦衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報