改訂新版 世界大百科事典 「グラゴール文字」の意味・わかりやすい解説
グラゴール文字 (グラゴールもじ)
スラブ語最古の文献の言語である古代教会スラブ語の文字としてキリル文字と共に使われた二つの文字の一つ。スラブの使徒といわれるキュリロス(スラブ名キリル)によって860年代に作られたといわれる。この文字はスラブ語の発音の正しい観察に基づく,原則として1音1文字のアルファベットで,ごく少数の文字だけは1文字で2音が示されている。キリル文字に約50年先行して成立したといわれ,この二つの文字はほぼ対応している。しかし,字形はまったくといってよいほど異なり,グラゴール文字はギリシア語の小文字に依拠したところがあるといわれるが,その類似はキリル文字とギリシア語の大文字の場合ほど明確ではない。グラゴール文字もキリル文字も数値を表現するのにも用いられる(例えば,[a]は両文字とも1,[g]は前者では4,後者では3を示す)。しかし,文字の配列と数の並び方においてグラゴール文字の方が整然としていることも,それが1人の手で作られた,すなわちキュリロスによって作られたことを示している。
古代教会スラブ語の文献の過半数はグラゴール文字で書かれ,これらの文献はキリル文字で書かれた文献よりも古い特徴をよく保存している。これもグラゴール文字がキリル文字よりも古いことを示す一証拠である。この文字はスラブ語圏(スラブ語派)の西部,チェコスロバキア,マケドニア(ブルガリア西部),クロアチアで主として使われたが,その生命は長くなく,12,13世紀から多くの地方でローマ字(ラテン文字)と交代して今日にいたっている。ただアドリア海のダルマツィア海岸地方とアドリア海北部の島では初期の丸い字形とは異なる角ばった字形のグラゴール文字,いわゆるクロアチア型のグラゴール文字を発達させ,一部ではカトリックのミサ書などで19世紀末まで使われている。グラゴールglagolǔという語はスラブ語で〈語〉とか〈ことば〉という意味の語源をもっている。
→キリル文字
執筆者:千野 栄一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報