ローマ字(読み)ろーまじ(英語表記)Roman Alphabet

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ローマ字」の意味・わかりやすい解説

ローマ字
ろーまじ
Roman Alphabet

英語式のアルファベットを用いて日本語を表記する場合の文字をいう。ローマ字は、かつてローマ帝国で使用された文字ということからこの名が生じた。しかし、ローマ時代の言語はラテン語であるから、これを表記する文字はラテン文字といわれる。アルファベットの起源は、遠くエジプト文字までさかのぼることができる。

 文字には、語の意味を表す表意文字と語の読みを表す表音文字がある。表意文字は漢字やシュメール文字のような表語文字のことで、表音文字には仮名や楔形(くさびがた)文字のような音節文字と、語の読みを表す音声の最小単位を示す音素文字とがある。音素文字としてはギリシア文字、ラテン文字、キリル文字、アラビア文字などがある。ラテン文字はカトリック教の伝道とともに西欧(イギリス、ドイツ、フランス)、北欧(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランド)、南欧(スペイン、ポルトガル、イタリア、アルバニアスロベニアセルビア)、東欧の一部その他(ポーランド、チェコ、スロバキアハンガリールーマニアエストニアラトビアリトアニア)へ広がった。ラテン文字は紀元前後、23文字であったが、中世にJ,U,Wが加わって26文字となった。これらラテン文字は、ラテン語の音素を表すのには便利であるが、ラテン語とは異なる音素体系をもつ言語では文字が不足するため、ラテン文字を組み合わせたり、ラテン文字をすこし変形して用いている。英語のsh、ドイツ語のsch、フランス語のchはいずれも[ʃ]という音を表すために文字を組み合わせたものである。ドイツ語ではö [ø]やü[y]のようにラテン語の母音文字の上にウムラウトの点を打つことにより、ラテン語にない別種の母音を表示している。また、ギリシア文字はギリシア正教の信仰とともにスラブ語圏に入り、ここで変形されて、ロシア語の表記に用いられているキリル文字を生み出した。これは東欧の一部(ブルガリアクロアチア、北マケドニア共和国)とロシア連邦内の小数民族の言語およびモンゴルのモンゴル語を表すのに使用されている。アラビア文字はイスラム教とともに進展し、アラビア語、ペルシア語ウルドゥー語、ウイグル語などがこれによっている。しかし、アジアでもラテン文字への切り換えが行われ、トルコインドネシアベトナムなどがラテン式を採用した。

 日本へ入ってきたラテン文字をローマ字とよぶならば、日本でもローマ字はキリスト教により導入された。フランシスコ・ザビエルは1549年(天文18)に日本でキリスト教の布教を始めたが、その後信徒の数が増えてきたので、教義や祈祷(きとう)書の翻訳が盛んになった。ローマ字で表記された現存する最古の文献は、日本語版使徒行伝『諸聖徒の御作業の内抜書(うちぬきがき)』Sanctos no Gosagveo no vchi Nvqigaqi(1591)である。続いて『平家物語』Feiqe no Monogatari(1592)などのキリシタン版ローマ字本が刊行された。いずれもポルトガル語に基づく書き方であった(タ行ta chi tçu te to)。しかし、1613年(慶長18)よりキリシタン弾圧が始まり、以後ローマ字本は姿を消した。江戸幕府第8代将軍吉宗(よしむね)の「洋書解禁」(1720)から幕末にかけてオランダ語の研究が進み、蘭学(らんがく)者はオランダ式ローマ字を用いるようになった(タ行ta ti toe te to)。明治に入り、洋学の興隆からドイツ式ローマ字(タ行ta tsi tsu te to)やフランス式ローマ字(タ行ta tsi tsou te to)が試みられたが、J・C・ヘップバーン(ヘボン)の『和英語林集成』(1867)により英語式ローマ字、いわゆるヘボン式が普及するようになった(タ行ta chi tsu te to)。これに対し、田中館愛橘(たなかだてあいきつ)は日本語の五十音図にあわせた日本式ローマ字(タ行ta ti tu te to)を提唱した(1885)。そこでヘボン式(のちに標準式とよばれる)と日本式の2派の間に激しい対立と競争が生じた。政府も、対外的にローマ字表記の統一が必要となったので、1930年(昭和5)に臨時ローマ字調査会を設置し、論議を重ねた結果、ローマ字のつづり方につき訓令が公布された(1937)。これを訓令式という(タ行ta ti tu te to)。訓令式は日本式をすこし簡略にしたものである。第二次世界大戦後アメリカ軍が駐留し、英語が盛んになったので、1954年(昭和29)英語に都合のよい標準式つづり方をも許容する内閣告示第1号が出された。

 日本文を表記するのに、標準式は、英語のアルファベット26文字のうちQ,V,Xを除いた23文字を、訓令式と日本式はC,F,J,Q,V,X以外の20文字を用いる。訓令式と日本式では、子音を表すのに1文字を用い、拗(よう)音は子音字のあとにyを付している(チャ行tya tyu tyo)。標準式ではch, tsのように2文字を組み合わせることがあり、拗音もyをつけないことがある(チャ行cha chu cho)。3方式とも文頭の字は大文字としているが、日本式では名詞も大文字で書き始める。長音を表すのに、訓令式と標準式は文字の上に横棒(ā)をつけ、日本式は山形(â)をつける。はねる音を表すのに、訓令式と日本式はすべてnによるが、標準式はp,b,mの前ではmに変える(散歩sampo、新聞shimbun)。はねる音の次に母音がくる場合、日本式と標準式は’をつける(原因gen'in)が、訓令式は-を挟む(gen-in)。詰まる音は次にたつ子音を重ねて表す(マッチmatti、雑誌zassi)が、標準式はchの前ではtを、shの前ではsを用いる(matchi, zasshi)。

 ローマ字表記は、使用する文字の数が少ないので、能率的で表記が容易である。また、外国人に違和感を与えないという利点もある。さらに、分かち書きにより、語の単位を把握し、その文法的機能が理解しやすいという長所もある。しかし日本語は同音異義語が多いので、表音表記の場合はこれを処理する方法を講じなければならない。

[小泉 保]


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ローマ字」の意味・わかりやすい解説

ローマ字
ローマじ
Latin alphabet

現在ヨーロッパ,アメリカの大多数の国の国語表記に用いられているアルファベット。ラテン文字ともいう。西ギリシア文字 (→カルキディア文字 ) がエトルリア文字を経てローマに伝わり,形を整えたもの。前7世紀のものとみられる,プラエネステ出土の留め金の銘が最古の資料。ローマ時代には 23文字であったが,中世にIがIとJに分化し,VがU,V,Wに分化して 26文字になった。各言語によって字数を増減したり符号を加えたりして表記の便をはかっている。アジアでもインドネシア,トルコ,ベトナムなどで採用されている。日本語のローマ字表記は室町時代のポルトガル人宣教師によるものが最初で,明治以後,国語の表記をローマ字でしようというローマ字運動があり,現在も小学校で教授されている。その綴り方にはヘボン式綴り方訓令式綴り方日本式綴り方などがあり,改良案も出されている。

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