日本大百科全書(ニッポニカ) 「ゲルマン神話」の意味・わかりやすい解説
ゲルマン神話
げるまんしんわ
ゲルマン民族全体のもつ神話。しかしその全貌(ぜんぼう)をうかがうに足る資料は残されていないため、『エッダ』を中心とする北欧の資料から推定されるにすぎない。ゲルマン神話は、ギリシア・ローマ神話とともにヨーロッパの二大神話をなす。厳密には北欧神話というべきである。紀元前のスカンジナビア半島南部およびバルト海沿岸に居住していたゲルマン種族が、元来どのような信仰形態や神話を有していたかは、残された岩絵や墳墓のような考古学的遺跡からしてもよくわかっていない。南方のローマ人と接触したゲルマン人がやがてローマ側の記録により光を当てられることになり、紀元前1世紀のカエサルの『ガリア戦記』では、ゲルマン人が太陽や火や月だけを神として崇拝していたことが、また紀元後1世紀の大歴史家タキトゥスの『ゲルマニア』では、ローマのメルクリウス、ヘラクレス、マルスにあたる神々の存在とそれらへの供犠が触れられている。しかしこれらは片々たる叙述にすぎず、早くからキリスト教化したイギリスやドイツでは8世紀の文献時代に入るころ、すでに異教を破棄する立場にたっていた。このためゲルマン民族の神話を知るには、キリスト教化が比較的遅れ、異教の信仰や習俗をまだ濃厚に残していた北ゲルマン人の記録、とくに『エッダ』『スカルド詩』『サガ』などの古ノルド語の文献に頼らざるをえない。ゲルマン人の神々を組織だてて叙述しようとしたのは、13世紀アイスランドのスノッリがおそらく最初であろう。
[谷口幸男]
『谷口幸男訳『エッダ――古代北欧歌謡集』(1973・新潮社)』▽『トンヌラ、ロート、ギラン著、清水茂訳『ゲルマン・ケルトの神話』(1960・みすず書房)』